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Anne of Green Cables ~グリーン・ケイブルズのアン(3)

(前話はこちら)
 
 
AGC_37-3

 それから50時間後、マシュー・カスバートは、住み慣れた家を出て、彼がランドフォームした畑を越え、彼がずっと手を加え続けより高精度なbar遺伝子埋め込みに腐心し愛した果樹園を通り、彼が植えて育てた樹々によく似せたアゴニスト型ソーラーの間を抜けて、運ばれていった。


 そしてアヴォンリーは、どの家もマシューの思い出のすべてをディスクにでもインプットし終えたのだろう、またいつもの静けさを取り戻した。グリーン・ケイブルズでさえも、すべるように元の日常生活へたちかえり、これまでと同じように規則正しく農作業や家事が営まれていった。アヴォンリーのエクソスケルトンは、何も変わらなかったのだ。


 しかし、「見慣れたものの何を眺めても、何かが欠落している」ような気がして胸がいたんだ。ひけらかしついでに言えば「生きるべきか死ぬべきか、それが問題」な気がし「もうおまえは戻っては来ない、二度と、二度と、二度と、二度と、二度と」であり「俺の心の眼にだ、ホレイショー」な気がしていた。
 アンにとっては、もう一つ新たな悲しみがあった。マシューがいなくなっても、今までと変わらずに日が過ぎゆき、暮らしていけることが、哀しかったのだ。


 もみの森のむこうから朝日が昇るのを眺めたり、少しずつほころんでいく淡いピンクのつぼみを庭で見つけたりすると、かつてのように歓びがわきあがった。するとアンは、恥ずかしいような後ろめたいような気がした。
 ダイアナが遊びにきてくれると、やはり嬉しくて、彼女が冗談を言ったりおかしな身ぶりをすると、声を上げて笑ったり微笑んだりしたが、そういうときも、同じ思いに戸惑った。
 花や愛情や友情に満ちた美しい世界は、アンの想像力をよろこばせ、アンの心をときめかせる力をまだ失っていなかったのだ。人生は今もなお、さまざまな興味深い声でアンに呼びかけている。
「だけど――」
 アンは思った。
「こんなキレイな文章も、サイバーSF読者というのは、きっと心動かされないんだわ。
 ひょっとしたら“長い文だなー”と、読み飛ばしているかもしれない。」
 アンはSF読者であるあなたを、侮蔑の目で見くだしていた。

 
 
[つづく]
2000.04.25初出
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