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すばらしき(バカテキスト)世界旅行には 兼高かおるも久米明も いざなってくれなんだ

なにが口惜しいって、その国の言葉がわからないことです。
「あのあたり突つけば、ぜ~ったい、笑えるネタ芸が見つかるだろうな」という臭いは感じるのに、悲しいかな言葉の壁ゆえさわれないフィールドが、世にはあまた存在します。
たとえば香港あたりはしょーもないくっだらない腹抱えて笑える京劇ベース話芸がありそうだよなあ、とか、「ユダヤ・ジョーク」の名前で邦訳されている一問一答コントなんざパーティ・ジョークレベルなんじゃねえの?もっと作りこんだサタイアものなんかどっさりあるんじゃねーの?などなど…。


『ウンベルト・エーコの文体練習』に歓喜した理由は、そこにあります。新潮社、エラい!もう1回ぐらい誉めておきましょうか?新潮社、偉い!


原文はイタリア語。ワタクシ読めません。
ネタが60年代前半しかも学者肌の著者ということで、時事性にはとんと欠けます。時事モノでは辛うじてヌーベル・ヴァーグを茶化すあたりが笑えるぐらいでしょうか。
したがって芸能人がどうのこうのといったネタや、地口やひとことツッコミオチで一瞬わあ!と笑うのがお好きな向きには、さして面白くはないでありましょう。それはイコール、ご当節向きではない、ということでもあります。
けれども、こんな文章を面白がる向きには、お気に召していただけると思います。
 …この人類学の新潮流の方法も、深刻な誤謬へと通じうるものであった。その例としては、研究者が研究した<モデル>に文化の威厳を認めたがゆえに、記述の対象となった原住民が直接生みだした資料に立ち戻って、その資料から集団自体の特徴を推論した場合である。

 こうした<歴史記述幻想>の典型的な一例は、まさしくミラノの集落に関して、1910年にドブ・ドブ博士(ドブ)によって出版された『イタリアの集落と<リソルジメント>信仰』と題された書物によってあたえられる。
その本のなかでこの研究者は土地住民の歴史文書に基づいて半島の歴史を再構築しようとしている。
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 ミラノ原住民の一日は基本的な太陽律に則って展開する。朝早く目覚めるとかれはこの住民の典型的な職務へと向かう。それは栽園での鋼鉄採集、金属形鋼の栽培、可塑性素材のなめし、屋内化学肥料の売買、トランジスターの種蒔き、スクーターの放牧、アルファロメオの飼育などである。
しかしながら原住民は自分の仕事を愛してはおらず、できるかぎり働きはじめるときを遅らせようとする。

興味深いのは、集落の長たちがそれを助け、たとえば通常の輸送手段を排除し、初期の路面電車の軌道を撤去し、ケモノ道に沿って描かれた幅広の黄色い縞(あきらかにタブーの意味が込められている)によって交通を混乱させ、遂にはもっとも予測不可能な地点各所に深い穴を掘り、そこに多数の原住民が墜落し、おそらくは土地の神々に捧げられているものと思われる。
こうした集落の長たちの態度を心理学的に説明することは困難であるが、こうしたコミュニケーション儀式の破壊が死者復活の儀式に結びついていることは違いない(明らかに浮かぶのは、地球の胎内に住民集団を拘束し、かれらの生贄から子孫が、それもより頑強で屈強な人々が生まれてくるであろうということである)。

しかし住人は即座に神経症的症候群によってこの長たちの態度に反撥を示し、一見自然発生的に生じた、ある崇拝を入念につくりあげたのである。
正真正銘の集団的熱狂の一例であるこの崇拝とは<貨物地下鉄崇拝(チューブ・カルト)>とよばれる。
つまり特定の時代には町中<騒音>が蔓延し、原住民たちは、いつの日か巨大な乗り物が地球の胎内を移動し、奇跡的な速度で個々人を集落のいかなる地点にも運ぶ日が到来するという神秘的ともいえる確信に取り憑かれているのである。

わが調査団の信頼できる有能な一員であるムアパシュ博士は、ある時点でむしろ<騒音>とは何らかの現実的事件に端を発しているのではないかと自問するに至り、これらの洞窟に下りてみた。
ところがたとえ僅かなりとでも噂を正当化しうるものは何ひとつ見つからなかったのである。

この箇所だけ読むと、往年の藤子不二雄のSF短編マンガモドキのようでもありますね。あるいはあんまり上手くないSF作家がまず1度はトライする
「宇宙人の視点でみた一般生活報告」
「出てきた遺跡から未来人が20世紀についてとんでもない推理を披露する」
設定の話――おおかたはちょっと皮肉めいて書いてあるけど、大したうがちになっていない類のヤツのような。この『ウンベルト・エーコの文体練習』もそのきらい無きにもあらず、ではございますが、なんといっても作りこんでおります。このあと、ちゃんとミラノ街路神話構造も出てくる念の入れよう。再読三読に充分耐えるネタです。


ワタクシなんぞもかつて拙いながら『悲しき熱帯』ネタを作ったこともあり
「え?こう言い回したほうがレビィさんぽいんだけどな」
などという一節も何箇所かあるのですが、原文なのか翻訳文のせいなのか、イタリア語の読めないワタクシにはわかりかねています。


ほかにも『神曲』『審判』『フィネガンズ・ウェイク』『ユリシーズ』『ドン・キホーテ』『失われた時を求めて』『笑いについて』『オデュッセイア』『帝国の地図』『ガルガンチュワとパンタグリュエル』など各種とりそろえ、あなたさまのお越しを心よりお待ち申し上げておられまして、「帝国の地図 縮尺1/1」制作方法なんかを、じつに真面目くさって解説しておられます、わはははっばかだね~げらげらげら。
ワタクシが元ネタを判別できたのはそれぐらいですが、他にもいろいろこれでもかと混ぜ込んでおるようです。さすがゴチック文化華開いたお土地柄、盛りつけもてんこ盛りで大層ハデでございます。
もちろんヨーロッパお約束の『バイブル』はいうまでもなく。


イタリアではエーコせんせだけが孤軍奮闘、こういうことを書いているわけでもなかろう、ほかにもたくさん居られるはずなのです。が、残念ながら日本語圏にはこれっぽっちの情報も入ってこない。
いや、イタリアだけじゃありません。
インドの小林信彦やブラジルの清水義範や、ドイツの筒井康隆だの香港の東野圭吾だのが、たくさんたくさん各国各地方に居るだろう、それは容易に想像できましょう。だが何ひとつ日本語圏内に入って来やしません。
それはひとゆえに商業出版の採算ベースにのらないからでしょう。
エーコせんせの『文体練習』は当時のたてつづけのヒット商品『薔薇の名前』『フーコーの振り子』の便乗品として、たまたま入ってきてくれた流行品でした。
海外バカテキストものは便乗のタイミングでひょいと輸入されることがままあるために、全然関係ないと思われる分野にもアンテナを立てておかなければならず、収集するのになかなか苦労します。
2004.08.21初出
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