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大きな箱で演りたがらない理由(4)

(前話はこちら)
さて。
2つの楽しい追悼会――楽しい追悼、というのもけったいな言い方ではあります――を比べると、私は「文枝追悼会」へ軍配をあげたい。
米朝師匠は、平静よりホールのような大きな場所での落語を、あまり好まないかただそうです。ホールで演る時もできる限りマイクでの音量を下げるよう音響係のかたへご注文されるとか。マクラを振るひとこと目の音量が大きいと、わざと少し間をおきボソボソとした口調で
「マイクの音はなるべく小さく、な。
そない大きくせなんでも、お客さんには、きちんと聞こえるさかい。
最小限でよろし。
ひとつ、お願いしときます‥‥。」

と釘を刺してからマクラをはじめる。それには、できるだけ大きな声で活舌巧みに話せるように、との意味もありましょうが、それ以外のニュアンスも含んでの「落語は大きなホールでやるもんやない」という言葉でしょう。なるほど先の文枝追善会で、その理由を少し感じ取れたような気がします。
お客さんの間近で噺し、目の前のお客さんひとりひとりの笑い顔や退屈気な表情が全部見える。ひとりふたりの拍手している姿も、演者からみな見える。それらの丁々発止あってこそ、演者にとっても聴者にとっても、とても至福なひとときの空間を作り出せるのです。「寄席というものは爾来そういう催事や、そのほうが面白い催事なんや」という米朝師匠なりの体験から醸し出された定義なのでしょう。
2005.06.19初出


2005/06/26 13:14 投稿者:浪蔵
読ませてもらいました
なかなか 良かったです 歌舞伎座の追善が平日で
行けなかったのですが 雰囲気が伝わって来ました

あたくしが枝雀さんを最後に見たのは
高座に上がれなくなる 少し前の
上野 鈴本恒例の年末独演会でした

その時は 出待ちしていたんですけれど
あまりにも へとへと と言うのか
おじいちゃんに 見えたので 声もかけられず
お弟子さんに 抱えられるように池之端 方面へ消えていく
姿を見送りました...

今にして思えば それでも 声かけて握手してもらえば
よかったなぁと想うことが あります
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