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大きな箱で演りたがらない理由(2)

(前話はこちら)
桂枝雀追善会のほうで私が寄せていただいたのは「2005年4月17日 サンケイホール 追加公演」ぶん。
その名でお察しいただけるように、一度、大阪で追善公演をしたところ完売満員御礼・再演希望につき、というもの。公演パンフに拠れば東京は歌舞伎座、名古屋では中日劇場、京都南座でも「桂枝雀 七回忌追善」を銘打ちいずれも軒並み完売だそうで、生前からの桂枝雀の人気ぶりも判ろうというもの。
1500人ものホールでの開催です、2.5時間ものあいだ客を飽きさせんよう、との配慮でしょう、枝雀一門勢揃いの口上あり、師匠である米朝も中入(なかいり。落語会途中の休憩のこと)前でキチンとおさめ、トークショーでは上岡龍太郎の飛び入りありの、なんと笑福亭仁鶴――じつはワタクシこれがお目当てで見に行きました――も高座にあがり、トリは枝雀の生前のVTRを映写する。じつに「事前に入念に準備した興業モノ」を見せてもらった気がいたしました。
七回忌ということもあり
 “いつまでも、さほどしんみりとすることもあるまい
  わしら笑うてもろてなんぼの商売や、ぎょうさん楽しんでいただこやないか”
という趣向だったのでしょう。仕込みに念が入り過ぎ、通例の米朝一門会を見なれている私などは少々面食らい
 「なんだかテレビ番組の公開収録を見てるみたいだなぁ」
と思ったのも事実です。枝雀一門の一番弟子・桂南光が仕切りだったため、余計にそう感じたのやもしれません。桂南光は関西ローカル番組でよく司会仕事をしており、大阪在住の者にとって南光の司会進行という絵ヅラは茶飯事な光景なのです。


追善する桂枝雀について
「じつは入門した頃が近かったこともありまして、小米の名の時代から、ちょくちょく仲良くさせてもろてまして‥‥」
とひとしきり枝雀とのエピソードをマクラで触れたのは、唯一、仁鶴だけ。仁鶴さんと枝雀さんがそんなに古く長いつきあいある仲であることを、ワタクシ、この会ではじめて知りました。演しものは『壷算』。パンフレットには『代脈』と印刷されていますが、なにか枝雀さんとのいわれのある思い出深いネタゆえの土壇場変更だったのかもしれません。
かたや枝雀一門の九雀、米朝一門では弟弟子にあたるざこば、師匠である米朝すらも、自分の噺芸の中にひとことも枝雀の追善に触れることなく、いつもの上手な話芸を淡々と披露します。七回忌という他界されてから経た時間の流れがそうさせてしまうのか、もともとそういう趣向なのか。寄席としては1500人強という相当大規模な興業のため「誰にでもわかりやすい枝雀師匠の魅力」を伝える趣向なのでしょうが、ちょっと故人を偲ぶには身内が他人行儀な印象を受けました。
だが全国興業がすべてソールド・アウト、ということは、やはりそんな「テレビの公開収録のような演出」が当節風の興業なのでしょう。
なにより自分の師匠(米朝)に、あのような形で高座へあがってもらう、というのは、やはり弟子としてはいちばんの「しくじり」のような気がしてなりません。確かに枝雀さんのドタンバタン芸風が一級品であったことは、落語好きならばだれもが認める事実ではありました。しかし、親も同然である師匠を「追悼」に引っ張りだすなんて。それは噺家としては最大の「しくじり」なんじゃないかしらん。とても親不幸な気がします。


枝雀一門下では師匠亡きあとの現在、桂雀々が枝雀師匠の芸風を完全コピーし修得しようと懸命に頑張りはじめています。
それまでは大声でガナリたてる芸風だけに目の行きがちだった雀々が、枝雀が鬼籍に入られたのち芸風をガラリと一新、ほんとうに枝雀師匠の一言一句・仕草動作までも完全コピーを目指し日々稽古に励んでいる姿が、回を重ねることに高座からもよく伝わってまいります。枝雀があのような形で他界されたあと「わが枝雀師匠の芸風を自分の芸風として修得しよう!」と努力しています。
生前、文枝師匠も雀々について誉めておられる一節があります。
「パーっとした」存在の例と申しますと、枝雀君とこの雀々ですか。
彼が『猿後家』という噺の稽古に来た時に感じたんですが、雀々の芸が、まさにパーっと華やかな噺ですな。
あれは努力してできるもんやない。持って生まれたもんなんですね。
教えてて、そう感じましたな。

生前からの枝雀ファンだったかたは、以後ぜひ雀々の公演スケジュールをマメにチェックしておくことをオススメします。会を重ねるごとに、その完コピぶりは一見の価値もあり、また枝雀を慕ってやまぬ雀々なりの敬意の表しかたでもあるのでしょう。
生前、稽古の虫だった桂枝雀が「稽古をつけてもらいたかった師匠」として、明治期に「爆笑王」と呼ばれ大人気だった初代春團治の名をよく口にされていたそうです。今ごろは冥土のほうで、稽古に通っておられることでしょう。(つづく)
2005.06.19初出
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