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さながら小さなお笑い博覧会(3)

(前話はこちら)
  (インタビューイ)――笑いとは何かという定義は?
米朝:そら定義できまへんで(笑)。あるいは、20も30も答えがあるっていうか。
筒井:生理的には自我の崩壊だけど。簡単に二元論にして、「楽器か武器か」という議論もできる。笑いによって人を楽しませるのか、社会風刺や文明批評や世相への警鐘なのか。SFもそう言われていた時期がありました。いろんな分類のしかたがある。ベルグソンの分類は変だけどね(笑)。偉い人がバナナの皮で溝ってひっくり返るのが面白いとかね(笑)。そんなのギャグとしては陳腐ですよ。あるいは自分より劣った人を見て笑うとかね。井上ひさしが言ってましたけど、「そしたらミス・ユニバースなんか、他の女の人を見るたびに大笑いしなくちゃいけない」(笑)。
  (インタビューイ)――師匠が笑えるパターンは?
米朝:それは芸ではないでしょうね。子供がいたいけなことを言ったというて笑うこともあるしね。微笑ましいというのとまた全然違う意味の笑いもあるやろしね。
筒井:女連中が実にくだらんことで笑う。
米朝:テレビでね。
筒井:テレビでも笑うけど、もっと日常的な、ご飯がちょっと焦げたとかね(笑)。ちっともおかしくない。日本人はよく人の悪口で笑う。「あいつは馬鹿だ」と言うだけで笑う。ギャグになってない、傷つけるための笑い。あれもおかしくない。
米朝:笑いにしやすい人間と、笑うと何か罪を感じる人間がいる(笑)。その人のことを笑いの種にしたとき皆が喜んで、笑うのが当たり前みたいにして笑われる人もあればね(笑)。
筒井:笑いの種にしても面白くない人もいるし、本当は笑いの種にしたら目茶苦茶面白いんだけども、だからこそ皆黙っている(笑)、「これだけは言うたらあかん」という人がいる(笑)。
それとまあ、バーなんかで、重役さんたちがワーッと笑ってるのはシモネタ。実に即物的でくだらん。酒落た艶笑噺ならいいけど。米朝師匠の大昔のLP「いろはにほへと」、2枚とも持ってますよ。
米朝:ああ-(笑)。あれ、カセットかCDにして、今でもちょいちょい売れてる。
筒井:あれは子供のくせに、息子がずうっと好きでね。もちろん米朝さんの全集持ってますからそれもずっと聞いてましたけど。今日お目にかかる言うたら羨ましがってね(笑)。
米朝:あんなん喜んでるいうたら、たいしたもんや(笑)。けど、わたしらも、あんなバレ噺は中学校の1、2年生でわかっていた。
筒井:今の子はわかってますよ。多少古典的なことであってもね。そういえば昔、師匠に戴いた子供向けの「落語と私」が、今、古書店でえらい値あがりしてますよ。
米朝:また値がつき出したんかいな。
筒井:あれと同じシリーズでぼくの書いた「SF教室」。あれも値あがりしてます。
ぼくのでいちばん値あがりしてるのは、昔書いた童話で「地球はおおさわぎ」。これはアホな話でねえ。
アシモフという人が書いたシリコニーという鉱物の生命体。ぼくの話やと、これが宇宙からやってくる。鉱物でできた銅像やら人形やらを見て、動けないのは可哀想、全部動けるようにしてやろうというので、いちばん最初は上野の山の西郷さんやったかな、歩き出す。床の間の人形とか、みんな動き出す(笑)。
米朝:魂を入れたんやな(笑)。
筒井:これで発狂する人も出る(笑)。自由の女神がフランスヘ新しいファッションを見に行く言うて大西洋を泳ぎ出す。最後は奈良の大仏が、鎌倉の大仏に会う言うて歩き出す。これを聞いた鎌倉の大仏が迎えに行く。途中、浜松あたりで逢うて立ち話をしてるときに、シリコニーが宇宙へ帰ってしまうので、大仏さん二人がとうとう立ち仏になってしまう。
米朝:立ち仏。あははははは。
筒井:これに、この間亡くなった横山隆一さんが絵を描いてくれた。
米朝:そりや大変なもんやな。
筒井:えらい値があがったけど、こっちにはもう関係ない(笑)。
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筒井:最後の幇間と言われた悠玄亭玉介さん、何度かお目にかかってるんだけど、亡くなりましたね。あの人は、落語との接点というのは、どこいら辺に‥‥。
米朝:あの人は声色屋――いわゆる声帯模写やからねえ。
筒井:最後は「師匠」「師匠」って言われて‥‥。
米朝:あの人は一応幇間で、戦時中、花柳界がなくなったんで、声色の芸人として寄席へ出ていた。踊りますからね。踊って高座をつとめていた。花柳界が復活したんで、またあっちに戻った。あの人は、屏風を使うた芸やとか‥‥。
筒井:そうそう。展風の向こうにいる若旦那に呼ばれた幇間が、乞われて尻を貸すという芸(笑)。それからお座敷で、目の前に座って、羽織の紐の結び方10種類くらいみごとにやって見せてくれた。ああいう芸もあるんですね。ぼくはやっと幇間という人に間に合った。
それからあれは、幇間やったかな、噺家かな、祝い事のあるお得意さんの家に自分を荷造りして箱詰めにして送り届けさせた。
米朝:それ、聞いたことある。
筒井:2日ほどでっせ、箱の中におったの(笑)。それで「おめでとうございます」言うて箱の中から(笑)。びっくりしますわな(笑)。あれは郵便法違反でしょ?
米朝:そら違反や(笑)。
筒井:あと、タ立で雷雨があったあと、虎の皮の褌しめて雷の格好して‥‥(笑)。
米朝:それは俄の本に書いてあるんですよ。昔の俄はこんなに粋な、風流なもんであったという‥‥。夕立のあと雷さんの格好して、「ただいまはお騒がせいたしました」言うて近所を挨拶してまわる(笑)。
もうひとつ俄の最高の芸として言われてるのは、俄屋台の上に乗ってやってきて、「毎年毎年俄をやって、今年も何か傑作をと考えたんですがどうしてもできません。今年は勘弁して下さい。来年は必ず傑作を持ってまいります」と言うと、鬼がうしろで「うがはははははは」(笑)。実におもろい、こういうのが本当の俄であるとね。近ごろのは拵えごと過ぎて面白うないとかね、書いてあるんです。
俄にも傑作なんがあるな。嫁入り屋という商売があって、娘が嫁入りして5日目ぐらいに、「いっぺん、ちょっと帰らしてくれ」言うて帰る。「なんやかや理屈つけたら3日ぐらい居れるから、そんならどこそこへ嫁に行け」言うて行かす(笑)。支度金を取ってな(笑)。いつも4、5軒に婿さんがおる(笑)。
ようあんな馬鹿馬鹿しいこと考えた(笑)。俄なあ。もう一回読みなおしてみようかな。小咄やなんかも、たまにひっくり返して見ると面白いのがありますよ。やはり天保ぐらいからあとはずっと味の悪いものになっていってね。文化ぐらいはまだよろしいわ。味が違うな。
一日働いて日当貰うて帰ってきて、小半酒――二合五勺――買うてきて、肴、なんか店屋にあるもん買うてきて、最後の頼みの綱、これを、と言うてるときに猫が肴を狙うてきたんで、ヤッ、と追う拍子に徳利を倒して、ゾロゾロゾロッ、と畳に酒が‥‥。「ああ、おれほど不幸せな者がこの世にあろうか。去年は嬶を死なせたし‥‥」(笑)。女房の死と二合五勺の酒が同価値なんや(笑)。天保になると、こんな小咄はまず出てきまへんわ。もっともっとあざとい。
   (インタビューイ)――それは何のマクラに?
米朝:これはマクラには使えん。これはもう大変なもんで、人間というもんを描いてるよ。
筒井:目の前のことやからね(笑)。ぼくは自分の方が長生きするつもりで、女房はまた自分の方が長生きするつもりで、それで二人で「葬式のときは」とか話してるうちに、どっちの葬式や言うて、いつも喧嘩になる(笑)。
出版社にはそれぞれ、葬式係という人がいて、文藝春秋は、昔だったら樋口さんとか、決まってる。作家が亡くなったら飛んで来て、何から何まで全部やってくれるのね。
米朝:おるんやな。
筒井:その人が一度家に来て、ぼくの葬式のときはという話になったらね、立ちあがって、「そのときはここの、この障子をはずして」とか言うて、障子をはずしはじめた(笑)。「やめてくれ」言うたけどね(笑)。
女房がよく威張りよるんですわ。本当はぼくより9つ下やねんけどね、10年ってごまかして「10年も年下の若い奥さん貰うて何言うてるの」。で、「何を言うか。10年ぐらいの違いは、2500年も経てば」(笑)。
米朝:そうや。大した違いではない(笑)。





ああ!早くこういう対談がオンデマンド放映され、しかも話題に出てくるさまざまな芸事についてはサブ画面で脚注表示される、そんな表示技術が普及してほしいなあ。
ここまで2005.07.16初出



2005/07/17 00:51 投稿者:詰めにくい
これ,面白いですよね。最初新聞に載っておもしろかったので,本になったときに本屋で買おうとおもって手にとって,そのまま一気に立ち読みしました。
筒井さんはそうでもないけど,米朝さんは米朝さんの声で聞こえてきます。
「おるんやな」とか。

ところで米朝さんの対談本で,上岡龍太郎さんとのやつはどうですか?


2005/07/17 11:47 投稿者:Donald Mac
『昭和上方漫才』ですね。こちらも面白かったです。が、ダイラケやいとこいなど、演芸寄りのハナシが多く、ついてゆけない内容があったのも正直な感想です。おふたりとも演芸一本槍ですからね、楽屋話や演芸についての眼が厳しくなるのもトーゼンなことで。
詰めにくいさんの1/33ぐらいしか上方芸能の知識ストックのないワタクシなんぞは戎橋松竹・歌舞伎地下演芸場・京洛劇場あたりの話は、ただ「へー!そうなのー!」を連発する内容でした。面白がる以前のレベル。
『昭和上方漫才』は上方芸能、殊に漫才ににお詳しいかた向けの本で、ちょっと全国区発信にするには、濃ゆいかな、と。

かたやこちらの筒井康隆さんのほうは、仕事畑が違うところもあって比較的ビギナーにでもわかるようネタのフィールドを広めにとってあり、このサイトのように「ま、面白けりゃ、割と何でもありじゃないの?よかったら、どうぞ」には向きの本かな、と判断し、ご紹介した次第です。
詰めにくいさんがおっしゃるように、読むのが早いかたなら20~30分ぐらいで読めちゃうんですよね、この本。脚注とかもなんだかざくっと説明してあるだけで、てんで愛想ないし。
でもさすが朝日新聞やな、と思ったのは、エディ・キャンターのや二代目小文治の踊っている写真、それに『家光と彦左』のスチールが掲載されているところ。意外にこういうのって、ありそうで探しにくいです。


2005/07/18 06:14 投稿者:詰めにくい
なるほど。古い演芸話は私も実物を見たことがない人が多くて,名前だけ見て想像するしかないような人が多いんですが,結構それはそれで楽しいです。まあ実際に録音とかを聞いてしまうとなんてことはないのかもしれませんが,芸談の中では綺羅星のごとき芸人さんたちですからね。幸世・夢若なんて上岡さんや米朝さんの古い演芸の話にしょっちゅう出てくるんで,一度も見たことないのに,知っているような気になってしまいます。


2005/07/18 12:47 投稿者:Donald Mac
ははは、確かに。幸世・夢若は見たような気になりますね。
それにもうひとつ「漫才」については、なんとなく私の中でひっかかってることがあって。
というのも、われわれの時代はと申しますと(故文枝師匠の声で読んでね)、島田洋七や島田紳介の“スーパー猛スピードしゃべくり”を思春期前後に原体験しています、上岡さんや米朝師匠が「吉本の若手」でひとくくりしちゃってる人たちね。それまでにもカウス・ボタン、巨人・阪神とか割に早口化の傾向はあったけれど、まだ活舌がしっかりしていて聞き取れた。ところがB&Bや紳介竜介ときたら、もう口角泡とばし汗だくでしゃべり飛ばした。活舌もへったくれもあったもんじゃない。で、その早口ネタの一言一句を聞き逃すまいとするように、われわれは凝視してかれらのしゃべくりを見て笑った。

B&B


おなじ頃、東京漫才ではツービートとか星セント・ルイスとか、やっぱりとにかくめちゃくちゃな早さで次々ネタ繰り出したり活舌悪いけど面白いしゃべりをする人たちが、世に出てきた。あとで「漫才ブーム」と名付けられた時代ですな。

当時、小林信彦なんかは「こんなの、ただの若者のしゃべくり、そのままじゃないか!」とかクサしていたように覚えています(うろ覚えなので、違ってたらすいません)。また当時上岡さんと米朝師匠はすでにその時舞台芸の同じ線上にいらっしゃったから「影響受けた」「おもろかった」とは、まあ言わないでしょう。それがこの本では、ちょっと不満なんです。

漫才ブームがひとしきり終わり、しばらくいたしますと、今度「2丁目劇場」が出てまいりますな(米朝師匠の声で読んでね)。
これは前のスーパー早口とは打って代わって「間」の面白さがとても映えた。2丁目劇場や「4時ですよ~だ」時代のダウンタウンの面白さは、会話間の「間」のとり具合が絶妙ぶりだったと思います(今でも勿論!ただ、テレビ番組編成の都合でしょうか、妙に端折って編集されてしまっていますね。)
私には、一番スローな間でおかしかったのはメンバメイ・コボルスミ。一番絶妙な間のとりかたが面白かったのは東野・今田とダウンタウンでやっていた一連のコントでした。上岡さんと米朝師匠の対談には、これも抜けてる。当たり前ですけど。

じゃ、今度のお笑いブームは?というと、現在進行形なので、これ!という評価をするにはまだ早いんですが、2つ、これまでと違う感じを受けています。
ひとつは、コントものに秀逸なものが割に多いように思います。それまで吉本新喜劇がセット組んで大きな舞台をわざわざ作りやっていたくだらないルーティンネタを、収録スタジオのコンパクトな小道具で演るものに、面白いものが多い。アンジャッシュ、インスタント・ジョンソンあたりを指してるんですが。

もうひとつは、そういうコンパクトな芝居だからこそ味があるのに、わざわざ後ろに書割つけたり、ネタどころにフリップいれたりと、テレビ屋さん側がわざわざ芸を殺すような演出をしているところです。80年代の漫才ブームは間違いなくテレビ屋さんとラジオ屋さんが大きくしてくれた演芸ムーブメントでしたが、今回のお笑いブームは、火付け役になったNHK「オンエアバトル」は除くとしても、以降の各局のバラエティ番組はただ若手芸人を殺すだけの演出しかなされていないように、私には見えます。テレビ制作サイドが保守党に回っているというのも、放送局というのが古い情報媒体と化したひとつの表れなのかもしれません。

アンジャッシュ

2005/07/22 03:00 投稿者:詰めにくい
 米朝・上岡がダウンタウン以降のお笑いを語るのは,読んでみたかった気もしますが,実のところそんなに惜しいとは思わないんですよ。なぜかというと,自分で見て知ってるから。逆にああいうふるい人の芸談は,ビデオや録音で残ってない芸人さんたちの芸を記録に残すというところに価値があるかなと思っています。
 現在のお笑いブームはレベルが高いですね。80年代のブームのときも,ダウンタウン以下何組かが売れてたいたころも,結局たくさん出ても面白いのは意外と少なかったように思いますが,今はどれも面白いというのがすごいと思います。「芸を殺すような演出」は全く同感で,間を殺すフリップ,見る人の想像力を限定してしまう書割などは,芸人のレベルが上がっているのにテレビの側はそれに全然ついていけてない例だと思います。


2005/07/23 21:27 投稿者:Donald Mac
もう随分と昔の話になりますが。
「落語という話芸を、テレビが殺したんや」てな論調が喧伝された時分がありました。70年代ぐらいではなかったかな?と思います。で、その根拠というのが「テレビで落語をやられると、寄席に客が来なくなる」と「お題をフリップに入れるなんて、野暮の極みや」でありました。
まあ確かにテレビのせいで定席小屋の廃業に拍車がかかったのは事実そうなんでしょうが、元々定席小屋なんて減っていたし、別にテレビ放送のせいじゃなかったとワタクシは思っています。
で、結果的にはどうなったかというと「バラエティ番組の仕切やレポーターで、若手噺家のアルバイトがてらの仕事が増えた」ということで、噺家にとってはプラスになりました。それで落語が廃れるということも別になかった。落語という話芸を全国に広め、落語人口を増やし、結果オーライとなったように思います。

テレビで落語が放映されるようになり困ったことも確かにありまして。
●いわゆる「饅頭こわい」の類の東京でいう「二ツ目ばなし」あたりが落語っつーもんなんだな、と地方のあまり寄席というものを知らない人たちに定着してしまった
●寄席に来てくれる若い人が「今の話、なんていうの?」とひそひそ尋ね合うようになった(題名が出ないと落ち着かないらしい。その後寄席には「パンフレット」なる珍妙なものが事前配布されるようになります)
●江戸落語=落語だと思ってしまう人口が増えた
●「大喜利」という演芸を陳腐化させた

その後テレビ自体があまり落語を放映しなくなりましたが、若手噺家のタレント副業は残りました。今回の若手のさまざまなお笑い芸のブームも、テレビのせいで消費され尽くしてしまう芸人さんと、テレビ出演はそれはそれとしてフィールドを広げる芸人さんに分かれるのでしょうね。
しょせん「タダで見れるモン」の価値はその程度、ということでしょうかねえ。
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