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さながら小さなお笑い博覧会(2)

(前話はこちら)
筒井:あと、SF的な歌舞伎というと。
米朝:「白浪五人男」でも、突如としていちばんラストに青砥藤網というのが出てくる。あのゼニを拾うているところが出てくるんです。あんなもん、馬鹿馬鹿しさの極みたいなもんで(笑)。
筒井:あと、科学的なトリックはというと、「毛抜」というのがあって、(笑)、エレキでもって髪の毛を(笑)。科学的なものというとその程度で、ユーモアの面で言えばぼくのSFに近いものが幾つかある。ぼくはあれは前進座で見たんです。長十郎さんの。あんな酒落たものをやっていた時代があったんですね。
米朝:河原崎長十郎は、血筋からいえば成田屋の本家の血筋により近いですから、たとえば團十郎が著作権料を要求しても、払わなんだやろと思うんだ。市川家の宗家よりおれの方が血が濃いんだと。
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筒井:東京へ行ってしもうた、例えば雁治郎さんね。前の扇雀さん。扇雀と翫雀いう息子二人おるんやけど、ずっと東京育ちやから大阪弁できない。
米朝:今、翫雀はこっちに住んでますけどね。向こうの芝居にも出てるけどな。この間、ざこばと芝居をやったりしたんやけど。
筒井:だいぶ関西弁できるようになりましたか。
米朝:一生懸命勉強するもんやからね。楽屋でも稽古に使える人が周囲におるもんやさかい、台本に書いてある科白は言える。アドリブができない。アドリブ入れたら途端にあっちの言葉(笑)。
筒井:和事なんかはアドリブが多いから。
米朝:多い。役者によっては台本にないこと言う。前の雁治郎はんなんかは、そういう点はうまかった。面白かった。あの人、たいへんな三枚目やね。
中村成太郎という役者がいたんですよ。もうずいぶん前に死んだけど。この人の息子で中村太郎ちゃんというのが、なかなか達者な役者やった。これが莚蔵というやっぱり若手の役者と、莚蔵・太郎でやっとった。腰元がズラッと居並ぶ、上手のここが莚蔵で、こっちが太郎やった。ズラッと諸侍が居並ぶ。やっぱり莚蔵と太郎。この莚蔵が寿海さんの養子になって、市川雷蔵になったんです。
筒井:ああ。そうでしたか。
米朝:そうなると太郎は面白ないわけです。片方は養子になってバーンとええ役がつく。こっちは相かわらず腰元筆頭と諸侍筆頭でしょう。それで、三べん心中したんです。三度もして、その度ごとに女が死んで、彼は生き残った。
筒井:ええーっ。
米朝:これ、凄いよ。最初のときは皆「そういうこともあるわい」なんて。二回目も、どっちもすぐ病院に運ばれて、女性が死んで彼が助かった。ほたら三回目もやった。もう出てこられないわ。
それからしばらく消息を知りません。そしたら今の雁治郎が、金がかかるけどもういっぺんやろうというんで、映画界に入ってた北上弥太郎を引っ張り出してきて自分の相手役やらせて、役者やめてた太郎を引っ張り出してきて、自分の倅やらを脇に据えて浪花歌舞伎やり出したんですよ、あれ。
それで、どうなってるかいっぺん、太郎ちゃん見たいと。これが「夏祭」の義平次をやったんかな。力弥か何かやるような若衆の顔やったのに、あの憎たらしいおじんの義平次の役をやった。聞いたら、「悪うなかったで。ちゃんとやってたで」「ああ、そうか」と思うてたら、ぽっくり死んだ。今度は心中やなしに死んだ。
三度心中してね、三度とも生き残った。これはもう出てこれんわ。世の中にね。
筒井:凄いですね。しかしそれは何かの罪に問われんのかいな。自殺関与の罪とか。
米朝:そんな人も世の中にはあるんですよ。ほんまに死に損ないいう奴やな言うて、皆言いよったよ。
   (インタビューイ)――どうしても死ねん人もおるのに。
米朝:首吊ったら縄が切れるとか(笑)。
「自殺悲願」所収『農協月へ行く』角川書店1973年刊筒井:「自殺悲願」いう短篇でぼく、それ書きましたよ。鴨居から紐かけて首吊ったら、家が壊れるの(笑)。
米朝:何か読んだような気がするで、それ。
筒井:ビルから飛び降り自殺しよう思うて、窓から飛び降りたら、下で受けとるんやね(笑)。もっと上の階が火事で、その下から飛び降りた(笑)。何かそんなのを仰山書いたなあ(笑)。10ぐらい書いた。
米朝:絶対死なれへん男(笑)。
筒井:絶対死なれへんの。その理由が、本を出してくれ言うたら、誰それ先生が死んで本がどっと売れました。あなたも死ねば売れます。で、家族のために死のうかと思うて、それで(笑)。どうしても死ねない。線路へ横たわったら汽車が脱線するとか‥‥(笑)。
米朝:しかし死なれへん理由にも限度がおまっせ。それを10も重ねるちうのはやっぱり偉いもんやなあ。
筒井:いや。10はなかったかもしれん。しょうむないのもあります(笑)。ガス自殺しよう思うたら工事でガスが止まってる(笑)。テレビ・ドラマになって、山崎努さんがやってくれた。
米朝:ところで、ご自分の役者としての体験はどうでした?面白かった?
筒井:これは面白いというか、たいへんな勉強になるんですね。もしかしたら、小説書いたりするよりも、芸術家としてのレベルとか資質とかは高いもんが要求されるんやないかと、最近思いはじめた。
米朝:テレビの大河ドラマの「北条時宗」でやられた無学祖元なんかは拝見しましたがね(笑)。
筒井:あれはまあ‥‥(笑)。
米朝:ちょい役やけどね。そうやなしに、自分で本を書いて、自作、自演出、主役とか。
筒井:いや。せいぜい自作自演ですね。演出の才能はどうもないみたいで、やっぱり演技する方が面白い。
米朝:ははあ。
筒井:演技っていうのは、やろうと思えば相当高度な資質とか勉強とかが要求されるんですね。ハンス・ゲオルク・ガダマーという哲学者なんですが、芸術論やってる。だいぶ前に死なはったと思うてたら、ついこの間、102歳で亡くなった。
米朝:ほう。
筒井:この人の全集、2巻目の文学論だけ翻訳されてるんですが、翻訳されてない1巻目の最初が演技論らしいんですね。演技というものを高く見ていたんですね。
演技というのが高度なもんだということがわかってきてね。若いときに芝居してても、自分を見せびらかしたり、自己顕示欲とか、そんなんばっかりやけれども、歳とってきたらそんなもんなくなりますからね。本当にやろうとしたら、これは難しい。怖くなってくる。でも、お蔭様でやる芝居、皆好評で、いつも褒めていただいております。
米朝:わたしはナマを見たことがないんで、申し訳ない。
筒井:いやいや。見ないでいいです(笑)。
  (インタビューイ)――お若い頃は新聞に「西の筒井康隆、束の仲谷昇」と書かれたこともあったとか。
筒井:昔、大阪に青猫座という劇団がありまして、そこにおったんですね。よく話すことですが、芝居ができなくなって――というのは、関西訛りがあるからで、その頃は厳しかったんですよ。早稲田の演劇学科に行きたかったけれど、どうせこの訛りはなおらないと思って、仕方ないからあきらめて、小説を書き出した。
だから初期の作品は、主人公の「おれ」というのが――たいていひどい目に遭うんだけど(笑)、ぼく自身が演技しているつもりで活躍する。役者として駄目だったから、小説の上で演技してるんだ、なんてことを言ってましたけど。
米朝:やっぱり、やりたかったんやな、芝居が(笑)。



ああ!もう!ホントは全文引用したいんですが、それをしてしまうと朝日新聞社さんが儲かりません。読みたければ、買いなさい。なぜ命令形。
もう1箇所だけ、美味しいトコをサービス引用します。
[つづく]
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