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続・映画でウディ・アレンの面白さがわかるのか?(1)

3年ほど前にウディ・アレンの『Mr.Big』の私訳を公開したとき、思いのほか多くのコメントをいただきました。またその後も割によくアクセスがあったようです。
個人の趣味で公開しているサイトとしては、まあ好評だったと言ってよい結果でした。
当時の文末に「好評だったら、もうひとつストックがあるので公開します」と記しました。

あれから3年。
お約束どおり、もうひとつの私訳ストックを公開します――いや精確を規すると、3年前に途中まで仕掛かったまま放っておいたテキストファイルをたまたま近頃見つけたので、遅きに失するにもほどがありますが、今更ながら公開します。



私立探偵をやってゆくうえで重要なのは、第六感とじっくりつきあうことだ。
だからワード・パブコックと名乗る、ぷるぷると震えるバターの塊が事務所に現れ、手持ちのカードをテーブルに広げたとき、おれの背筋にいきなり駆け上がった冷たい戦慄を、もっと信じるべきだった。
「カイザー?」と、やつは言った。「カイザー・ルーポウィッツか?」
「開業許可書にはそうあるな」おれは無愛想に返した。
「助けてくれ。ゆすられてる。頼む!」ルンバ楽隊のリード・ボーカルのようにぶるぶる震えている。
おれは男へグラスを押しやり、ライ・ウイスキーのボトルをデスクにぶっきらぼうに置いた。医薬部外品としていつも重宝しているやつだ。
「にょ…女房には言わんでくれるか?」
「あんたがどれくらい正直に話すかによるな、ワード。確約はできない」
パブコックは酒を注ごうとする。だがカチカチいう音は通りの向こうまで響き、酒はおおかたやつの靴へに流れ込んだ。
「わたしはただの勤め人だ。機械整備を仕事にしている」とパブコック。「びっくりブザーの製造と修理をやってる。あるだろう?――握手すると掌に隠したのがプーと鳴って、びっくりさせるおもちゃ」
「で?」
「重役連中にこれが好きなのが多くてね。特にウォール街じゃ」
「いいから要点に」
「出張販売もよく出る。どんな感じかわかるだろう?――むなしいもんだ。いや。あんたが思ってるような意味でじゃない。何ていうかな、カイザー、わたしは根はインテリなんだ。
 あばずれなら、そこいらに幾らでもいる。しかし、ほんとに知的な女っていうのは――これはちょっとやそっとじゃ見つからない」
「ふむ」
「そんなとき、いい娘がいるという話を聞いた。歳は18。名門ヴァッサーの学生だ。
 金を出せば来てくれて、どんな話にもつきあうっていうんだ――プルースト、イエーツ、人類学。思索の対話ってやつさ。だいぶ状況を呑みこめてきただろ?」
「いや」
「女房はいい女だ。そこは誤解しないでくれ。
 ただエズラ・パウンドについて論じあうタイプじゃない。T.S.エリオットでもいい。結婚したときは、そこまで気づかなかった。
 つまり、わたしが求めているのは、知的欲望を刺激してくれる女なんだ、カイザー。そうしてもらえるなら喜んで金を払う。べつにややこしい関係を持つ気はない――知の快楽を手っとり早く味わいたい。それだけであって、終わったら女には帰ってもらうんだ。
 信じてくれカイザー、結婚生活にわたしは満足してる」
「どれくらいになる?」
「半年。こう、欲望が、モヤモヤッと起きると、フロッシーに電話をする。こいつが元締めのマダムだ。比較文学の修士号を持ってる。フロッシーの命令でインテリがやってくる」
なるほど、オツムの強い女にデレっとなる例の手合いというわけだ。おれはこの男を憐れんだ。
世の中には異性との知的会話に飢え、そのためには大金をも惜しまない、パブコックみたいな連中がうようよいるのだろう。
「彼女が女房にあらいざらいぶちまけるって、わたしを脅すんだ」
「彼女?だれだ?」
「フロッシーだ。モーテルの部屋に盗聴器をしかけてあったらしい。わたしが、エリオットの『荒地』とソンタグの『ラディカルな意志のスタイル』を論じたテープを持っていて、とにかくやたらと脅してくる。10,000ドル出せ、でなければカーラにばらす、というんだ!
 カイザー!助けてくれ!
 わたしの上のほうの欲求を満足させてないとわかったら、カーラは自殺しちまう!」
よくある娼婦の恐喝事件だ。インテリ女の絡んだ事件(ヤマ)を警察が嗅ぎつけたという噂は、前から聞いていた。だがこのところ捜査は壁にぶつかっているらしい。
「電話でフロッシーを呼んでくれ」
「え?」
「引き受けよう、ワード。
 だが日当50ドル、プラス経費はいただく。びっくりブザーの修理をどっさりすることになるぞ」
「10,000ドルに比べれば安いものだ」
パブコックは安堵したように少し笑い、受話器を取りあげ、ダイヤルをまわしはじめた。
おれは電話を受け取り、ウインクした。バブコックに多少、愛想をふりまいたつもりだ。


ほどなくしっとりした声が電話口に出てきた。おれはあらかじめ考えておいたセリフを口にした。
「有益な会話を1時間ばかり楽しみたいんだがね」
「かしこまりました。どんなタイプがお望みでしょう?」
「メルヴィルを語りたいね」
「『モービー・ディック』?それとももっと短めの長篇?」
「どう違う?」
「お値段。それだけです。
 シンボリズムは割増をいただいています」
「いくらかかる?」
「50ドル。『モービー・ディック』なら、100ドルというところですわね。比較研究はどうかしら――え?メルヴィルとホーソン?それなら100ドル以内で間に合わせられるけど」
「相場はわかった」とおれは言い、プラザ・ホテルのルームナンバーを伝えた。
「ブロンドがいい?それともブルネット?」
「まかせる」おれは電話を切った。
ひげを剃り、ブラック・コーヒーのカップを手に、モナーク・カレッジ文学解説叢書をチェックした。


1時間もしないうち、ノックがあった。
ドアを開けると、スラックスをはき、バニラ・アイスクリームを大きく2つすくったようなグラマーの赤毛の女が立っていた。
「どうも。
 あたし、シェリー」
確かにこいつらは男の妄想に訴える術を心得ている。長いストレート髪、レザーのバッグ、銀のイヤリング、それに化粧っ気のない顔。
「そんな格好でよく足止めを食わなかったな。ホテルの警備員はインテリを見逃がさないんだが」
「5ドルつかませといたの」
「はじめようか?」とおれは言い、女をソファへ誘った。
女はタバコに火をつけ、しっとりと本番のポーズにはいった。
「話の皮切りとしては、まず『ビリー・バッド』なんでしょうけれど、これは人間に対する神の導きの正統性についてメルヴィル的な弁明としてアプローチするべきじゃないかなって思うの。ご賛同いただけて?」
「おもしろいことにね。もっともミルトン的な意味じゃないが」
おれはかまをかけた。彼女が乗ってくるかどうか試したかったからだ。
「そうね。『失楽園』には、ペシミズムの下部構造が欠けているもの」
乗ってきた。
「まあ、な。まあ、そのとおりだ」と、あいまいに答える。
「メルヴィルは、ナイーブでありながらソフィスティケイトされた意味で、無垢の価値を再肯定したんだと思うわ――どうかしら?」
おれは勝手にしゃべらせておいた。まだ19かそこいらだろう。だがこの女はすでに似非インテリのしたたかさを身につけていやがる。ペらペらと考えをロにするものの、てんで機械的だ。おれがひとつ直観をぶつければ、すぐに作り声をよこす。
「そう、そこよ…カイザー。
 ええ。…ええ、いいわ…ああ!とっても深淵。
 キリスト教のプラトン的理解――なぜ、あたし、気がつかなかったのかしら」
1時間ほど話しただろう、やがて終わりの時間が来た。立ちあがる彼女の前へ、おれは100ドル札を置いた。
「きみがその気なら、もっと出してもいいんだぜ」
「どういう意味?」
案の定、好奇心をそそられたらしい。彼女はまた座り直した。
「たとえば――パーティをしたいと言ったら?」と、おれ。
「どんな?」
「そうだな…女ふたりを相手に、チョムスキーを論じたいと言ったら?」
「ワーオ!」
「いいんだぜ、聞かなかったことにしてくれても…」
「フロッシーと相談してみて。きっと高いわよ」
急所をおさえるのは今だ。おれは私立探偵のバッジをさっとちらつかせ、逮捕すると小声ですごんだ。
「なんですって?」
「おれは刑事さ。客から金を取りメルヴィルを論じるのは、802条違反だぜ。ムショ暮らしをのんびり味わいな」
「このたかり屋!」
「あきらめな、ベイビー。
 アルフレッド・ケイズンのオフィスへ行って、何もかもゲロしちまうか?あれはコワモテ批評家だ。聞いて嬉しい顔はしないだろうな」
彼女は泣きだした。
「見逃がして、カイザー。修士課程を終えるのに、お金が欲しかったの。
 奨学金の審査に落ちてしまって。それも2回も。ああ、なんてこと――」
こうなるまでの経緯は、彼女自身のロから明らかにされた。セントラル・パーク・ウエストの上流育ち、社会主義者のサマーキャンプ、ブランダイス大卒。彼女は、エルジンやセリアといった映画館の前の行列で必ず見かけるタイプの女。カント哲学の解説書のページ余白に「そう、そのとおり」と鉛筆で書き込むタイプの女だ。
だが、どこか途中で彼女の人生は狂った。
「あたし、お力ネが欲しかったの。そしたら、あまり頭のよくない奥さんをもらっている男の人がいるんだけど、相手をしてみないかって、友達が話を持ちかけてきたの。
 その人はウィリアム・ブレイクに熱中しているけど、奥さんにはちんぷんかんぷんなんだ、って。
 あたし、“うん”と言ってしまった。お金をもらえるなら、その人とブレイクの話をしてもいいって。
 はじめは怖かった。いいかげんな話ばかりした。でも、その人は気にしなかった。
 そのあと友達が、相手はほかにもいると教えてくれて、それからずるずると…。
 逮捕されたのだって、これがはじめてじゃない。一度は車の中で『コメンタリー』誌を読んでいてパクられたし。一度はグリニッジ・ヴィレッジで呼び止められ調書を取られてるのよ。今度つかまったら、三振バッター・アウト」
「じゃ、取引といこう。フロッシーのところへ案内してくれ」
彼女はためらいがちに唇を噛んだ。
「…ハンター・カレッジ書店が隠れみのよ」
「ん?」
「ノミ屋が床屋をやってカムフラージュするのと同じ。行けばわかるわ」
おれは警察に電話を入れると、彼女へ向き直った。
「よし、ベイビー。今度だけは見逃がしてやる。だが街から出るな」
彼女は助かったという表情でおれを見あげた。
「このお礼に何が欲しい?アレン・ギンズバーグが詩作している写真があるんだけど、欲しいと思わない?」
「考えとこう」

[つづく]
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