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映画でウディ・アレンの面白さがわかるのか?(3)

(前話はこちら)
彼女はすけすけのネグリジェを着て、おれを迎えた。その顔はものおもわし気ですらある。
「神が死んだわ。警察がここにきたのよ。あなたをさがしている。実存主義者の犯行だと思ってるみたい」
「いや。犯人はきみだ」
「なんですって?冗談はよして、カイザー」
「きみが神を殺したんだ」
「なにをいってるの?」
「きみだよ、ベイビー。ヘザー・パトキスでもない、クレア・ローゼンスワイグでもない。そうだろ?エレン・シェパード博士」
「どうしてあたしの本名を?」
「ブリン・モアの物理学教授。学部長としては最年少。冬のダンス・パーティで、きみはあるジャズ・ミュージシャンと深い仲になった。彼は哲学に凝っていた。妻子持ちだったが、そんなことでへこたれるきみじゃない。干し草の中で2晩も寝れば、真実の愛のような気がしてくるものさ。
 ところが、きみたちの仲は思いどおりには進まなかった。あいだに邪魔が入ってきた。それが神だ。彼は神を信じていた、少なくとも、信じたいと願っていた。しかし、きみのかわいい科学的な頭脳は、絶対の確証を求めた」
「ちがうわ!カイザー」
「そこで、きみは哲学を学ぶふりをした。そうすれば、いくつかの障害を取り除くチャンスができるからだ。ソクラテスは簡単に処分できた。だが、そのあとをデカルトが襲った。やむなく、きみはスピノザを使いデカルトを亡きものにした。ところが、これがカントでさえ手に負えない仕事とわかると、彼をも消してしまった」
「なにをいってるかわかってる?」
「きみはライプニッツをずたずたに切り刻んだ。だが、それでも満足できなかった。もしだれかがパスカルを信じようものなら、きみの死が約束されるからだ。で、彼も消した。ところが、それがきみの大失敗だったというのは、そこでマルティン・ルターを信頼してしまったことだ。まあ、やさしい男だったがね。彼は神を信じていた。そのため追いつめられたきみは、みずからの手で神を殺すほかなかったのだ」
「カイザー、気でも違ったの?」
「さあね。ベイビー。
 きみはまんまと汎神論者になりすました。そうすれば、神に近づける――もちろん存在すればの話だが。《彼》は存在していたのだ。《彼》はセクシーな君とシェルビーのパーティに出かけた。そのパーティで、ジェイスンが目をはなした隙に、きみは《彼》を殺した」
「シェルビーとジェイスンというのは、だれよ?」
「話してどうなる?どのみち人生は不条理なものさ」
「カイザー‥‥」とつぜん彼女は怖じけづき、震えだした。「あたしを警察につきださないわね?」
「いや、つきだすさ。至高の存在が消されてしまったら、だれかがその帳尻を合わせなきゃな」
「ねえ、カイザー。いっしょに逃げましょう。あたしたちふたりだけで。
 哲学なんて忘れてしまえばいいわ。どこかで落ち着いて、意味論なんかやるのはどうかしら」
「悪いな、ベイビー。おれの柄じゃない」
彼女は眼に涙をため、ネグリジェのショルダー・ストラップをはずしはじめる。とたんに、おれの前には眩しい裸のヴィーナスが現れる。その全身がおれに訴えかけている。抱いて――あなたのものよ。ヴィーナスの右手がおれの髪をかきあげる。そのあいだに左手は45口径を取りあげ、おれの後頭部に狙いをつけてる。が、引金が引かれる前に、おれの38口径が火を吹いた。

彼女は拳銃を落とし、あっけにとられた顔で崩れおちてゆく。
「‥‥どうして‥‥あたしを?‥‥カイザー?」
彼女の意識は急速にうすれているだろう。が、おれが謎解きのしめくくりをする時間はあった。
「真の実在であるところのそれ自体の内あるいは外における存在と対立して、それ自体複雑な観念としてあるところの宇宙の現前は、本来的には概念的無、あるいは実存ないし無終極的な現存、または既存のあらゆる抽象的形態との関連において無であり、それは運動ないし静止の法則、もしくは非物質に関連する観念、あるいは主観的実在ないし客観的他在のいかなる欠如にも拘束されるものではない。そうだろ?レディ?」
深淵な思想かもしれない。
が、死の間際に彼女はおそらく理解しただろう。
(Woody Allen "Mr. Big" ; "Getting Even", Random House Inc. 1978より私訳。適宜改行。)



どうだい?ここまで、書けるかい?
書きたい、と思ったかたは、見込みがある。ぜひ、ご一報いただきたいものです。
このようにワタクシは、ネタ書きとしてのウディ・アレンは大好きだし、この「ルーポウィッツ」シリーズはもう1編ストックがあります。好評ならば(あくまで私訳版ですが)いずれそちらもご紹介しようと思っています。
もちろん一度はウディ・アレンのテキストネタの通読を、ワタクシはあなたに強く強くオススメしたい。これらのネタ群を通読なされると「あんなボヤき映画のどこが洒落てるっていうんだ?」そう思うこと、請け合いですよ。
ここまで2005.07.29初出

2005/07/30 19:18 投稿者:詰めにくい
ウディ・アレンの本は以前光デパートさんと壇つなさんが面白いと言ってたので読みましたよ。面白かったです。でも Donald さんの訳のほうがずっといいですね。いや,べんちゃらじゃなくて。


2005/07/31 00:55 投稿者:shiota
楽しく読ませて頂きました。

ウディ・アレンの脚本が面白いとしたら、ウディ・アレンの映画が面白いということだと思います。なんでって、脚本は映画の設計図だからです。僕は『ダニーローズ』が好きです。


2005/07/31 00:56 投稿者:kumakita
すてきな訳の作品(もちろん作品も素敵でした)をありがとうございました。
3333キリ番となりました。こんごともよろしくお願いいたします♪


2005/07/31 02:28 投稿者:Donald Mac
>詰めにくいさん
複数言語に精通され、お笑いにも目の肥えておられる詰めにくいさんからのお誉めの言葉は、たいへん励みになります。ありがとうございます。

なお他読者のかたがたのために、この場をお仮りし、一応補足の記載をお許しください。
光デパートさん、とは、パソ通時代から延々ネタ書きをされておられるかたで、われわれ「お笑いネタ書き仲間」にとり羨望の人物のおひとりです。今はオープン・サイトでの更新はてんでストップしていますが、その実力は「大嘘百貨店(http://homepage3.nifty.com/usokyouen/oouso/index2.htm)」でその一端を見ることができます。ご興味のあるかたは、ぜひ一度、ご通読のほどを。

壇つなさん、とは、創設1年目にして100万人のアクセス数を弾き出した、有名なお笑いネタサイト「D
の嘘
(http://d-uso.to/)」の主宰者。このところ更新は滞りがちですが、その面白さは破格。ファンも多く、壇つなさんに感化され似たような矮小コピーを粗製濫造しているお笑いサイトも多いです。それらの矮小サイトの殆どが3ヶ月かそこいらであっという間にネタ切れし放置あるいは自然消滅してしまった事実を踏まえても、壇つなさんのお笑いセンスと力量の凄さが推し量られるというもの。こちらもぜひ、ご一読を。

>shiotaさん
おっしゃるように「脚本こそ設計図」。それは間違いありません。
ただ図面書きの上手い人間が、必ずしもよい建築物を建てられるとは限らない、ワタクシはそう思います。カメラマン、編集エンジニア、音響、俳優の演技力、それにそれらを統合する監督やプロデューサ、プロモータetc.‥‥それらが上手く噛み合うと、とてもよいショービス・コンテンツ「映画」の出来映えがあると、ワタクシは思うのです。
ウディ・アレンは脚本家としてはオリジナル性溢れる一流のギャグ・メーカーであると思います。だが、カメラワーク、音響の使い方、監督としてのまとめかた、プロモーション能力‥‥となると、いかがでしょう?

ストーリーテラーとして、スクリプターとして優れ過ぎているがゆえに、どうしても他の業務に関しては見劣りしてしまうように、ワタクシには見えるのです。もちろん他の方よりそれらの能力にも優れて長けた方には違いないのでしょうが、脚本が上手すぎるがゆえに見劣りする、ということだけなのですが。
逆に大した脚本でなくても、それらのほかの映画編集技術能力に長けた方として、ワタクシはビリー・ワイルダーという人物を置いてもよいのではないかと思っています。

>kumakitaさん
キリ番、というのは、mixi内kumakitaさんマイページでのお話ですね。
過分なほどのご推薦文に、いささか恐縮しております。ありがとうございます。
これを機に、ご愛読いただければ幸甚です。よろしければまた、コメントをお寄せくださいませ。


2005/07/31 11:14 投稿者:光デパート
ウディ・アレンは私の心の師匠であり、高校の時ウディ・アレン短編集を読まなければお笑いテキストなど書くこともなかったと思いますが、映画はほとんど見ていません。

鼻につく都会派テイストなど皆無のスリーパー、これはスラップスティックなんですが、自分にはついていけない気がしました。

総じて私がウディにシンクロする部分は、映像化が難しいと思います。幻獣辞典とか。
Mr.BIGも映像化は難しいのではないでしょうか?私にとってウディはあくまで言語野の人で、スクリプターとしても、映像化を前提とした表現はどうかな、と思います。

ビートたけしも同類かな?彼のギャグ映画、つまらんし。


2005/07/31 11:49 投稿者:holy
素晴らしい。私もコメディスクリプター、脚本家を生業としながらも、
彼を崇拝するものです。
ま、彼の映画も好きなのですが…

>書きたい、と思ったかたは、見込みがある。ぜひ、ご一報いただきたいものです。

とのことだったので、ご一報してみました。


2005/07/31 15:49 投稿者:Donald Mac
>光デパートさん
御大家自らご登場ですね。
私もウディ・アレン映画すべてを制覇しているわけではありません。概して「小心者のインテリが虚勢を張り内心オドオドしてる」のがどういうわけか「都会的」で「オシャレ」扱いされてるようで、アホちゃうか、と思うクチのほうです。

『スリーパー』もその人物設定に変わりないのですが、他作に比べブツブツとモノローグを語るシーンが少ないので、ややよろしいかと。スラプスティックとしての出来は、『マネー・ピット』よりは上出来、クロスビー&ホープの『珍道中』シリーズよりは不出来、というあたりのポジションじゃないかと、ワタクシは思っています。『スリーパー』内で笑ったネタといえば
●図らずも未来のエクスタシー・マシーンを体験してしまったウディが、そこから離れたがらないシーン
●ウディが強大な乳に追いかけられる悪夢のシーン(こんなバカバカしい画、よく撮ったなあ、というニュアンスも込めて)
あたりでしょうか。

「スクリプターとして」という点では、たとえば皆既日食なのにその習性から間違えて起き出しちゃって、地元の小百姓の家のクローゼットに閉じこもり
「陽が沈んだら、ここから出るから!
 いいんだ!私はクローゼットの中が好きなんだ!放っておいてくれ!」
などと言い訳三昧で日暮れを待つ話(表題失念)、これなどは舞台前提ですね。ウディは必ずしも「言語野」とは限らないネタも書ける人だと、ワタクシは思っています。

Mr.BIGの映像化は難しいだろうなあ、とワタクシも光デパートさん同様、最近まで思っていたのですが「ひょっとしたら、できるかも‥‥」と近頃、思いはじめています。
と申しますのも、2~3年前、頭脳明晰なのに病的潔癖性で自閉症なためにからきし冴えて見えない探偵ドラマをNBCでシリーズ放送していました。表題は『MONK』。日本でもNHKで放映されたそうです。

このドラマシリーズは、ちょうどルーポウィッツものの裏返しのような設定。演出家と監督の手腕ひとつで、ルーポウィッツものも作れるように思いはじめています。

>holyさん
お名乗り、ありがとうございます。はじめまして。
ところでそのご実力のほどは、どちらで確認させていただけばよろしいのでしょうか?
ご生業とのことございますゆえ、タダで見せろなどとは申しません、お手並み拝見賜りたく、ご案内いただければ幸いです。


2005/08/03 05:35 投稿者:光デパート
ドナさん
あいやちと誤解を招く表現だったかもしれませんが、言語野の人というのはあくまで極私的な評価です。

舞台劇も書いていますし、映画も評価されている以上、一般的にいってスクリプターとしてのウディの才覚は評価されるべきでしょう。ただ、それは私のツボとはちがうのです。ドナさんが例示したスリーパーでの場面も含めて。

嘘競演で学んだのは、10%の人にうければヒット、20~30%の人にうければ大ヒットの法則。それ以上のシンクロには何らかの装置、たとえば狭い劇場や映画館での共犯的共有空間とか学校等のコミュニティにおける共犯的共有空間が必要になると考えています。素の形のテキストで出された笑い、例えば嘘共演でのそれは、共振度が意外と低いというのが私の印象です。

テキスト作品の秀逸さと映画でのイマイチ感という点ではドナさんと同じ印象を持ちますが、逆の印象を持つ人もいるかもしれません。あるいはそちらのほうが多数派かも。短編集の発行部数と映画の動員数を単純に比較することはできませんが。

短編集は雑誌ニューヨーカーに連載されたものが多いと記憶していますが、「ニューヨーカーを読む人間にはここらあたりがツボだろう、映画を見に来るマジョリティはこのあたりだろう」とツボを見極めて書き分けしているのかもしれません。


2005/08/05 21:17 投稿者:Donald Mac
>光デパートさん
アパレル・メーカーのMD→マーケ、と畑を変えず数十年働き続けてきた知人が居ます。
かれの口ぐせが、光デパートさんのおっしゃるニュアンスとよく似ていて、彼いわく
「狙った年齢と収入ゾーンの10%の人にうければヒット
 20~30%の人にうければ大ヒット」
が1ブランド確立の目安なのだそうで。嘘競演(http://homepage3.nifty.com/usokyouen/)についても「得票数合計が全投票者の10%を越えていれば、まあ、おおむねウケのいいネタだったんだろう」というのをひとつの目安にするのは的確だと、私も思います。

ウディは元々デビューがラジオの構成作家じゃなかったかと思います。ですから「聞いたほうが笑えるネタ」「読んだほうが笑えるネタ」「観たほうが笑えるネタ」の切り分けを、かなりさばける人です。
おっしゃるように、媒体とターゲットで笑わせ処は分けているでしょうね。その中でも「活字ネタ」がとりわけサエてる、てなところでしょうか。
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記事末に初出年月日を記載しています。初出の場合には無記載です。
Directed by Donald Mac

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