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映画でウディ・アレンの面白さがわかるのか?(2)

(前話はこちら)
おれはタクシーをひろい、10番街のダニーのビリヤード・ホールへとばした。支配人は、虫の好かない下卑た小男だ。「シカゴ・フィルはいるか?」
「だれだ?てめえ」
おれはやつの胸ぐらを、下にある皮といっしょにつかんだ。「ああん?なんだと?」とたんにやつの態度は変わり「お、奥にいる‥‥」と答えた。
シカゴ・フィル。小切手偽造の名手、銀行強盗、ヤクザ、そしてなにより自他ともに公言はばからない無神論者だ。
「そんな野郎は昔からいねえよ、カイザー。こいつあ間違いねえ。とんだペテンだ。
 ミスター・ビッグなんていやしねえ。裏にいるのはシンジケートだ。ほとんどがシチリアの連中だがな。国際的なもんだぜ。だが、きまったボスはいねえ。強いていやあ、ローマ法王か」
「法王に会いたいものだな」
「段取りはつけてやれるぜ」シカゴ・フィルはウィンクした。
「クレア・ローゼンスワイグという名前を聞いたことないか?」
「ないな」
「ヘザー・バトキスは?」
「ちょっと待て‥‥うん、思いだした。ラドクリフの女だろう?ボインがでかくて、髪をブロンドに漂白してる?」
「ラドクリフ?ヴァッサーと聞いたがね」
「そいつぁガセだな。ラドクリフ・カレッジの教師だ。一時どっかの哲学者といい仲だったとは聞いてるが」
「相手は汎神論者か?」
「いや。たしか経験論者だったと思う。クセのわるい野郎さ。ヘーゲルをはじめ、あらゆる弁証的方法論を拒絶してる」
「例の手合いか」
「まあな。昔はどっかのジャズ・トリオでドラムを叩いてた。そこで論理実証主義にかぶれてやがった。これがうまく行かないとわかると、プラグマティズムに乗りかえた。最後に聞いた噂じゃ、コロンビア大学のショーペンハウェルの講座を取りたいあまり、大金をかっぱらったとかいう話だ。組織は血まなこでさがしてるぜ――少なくとも、やつの教科書をおさえて売りとばせば、そこそこ金にはなる」
「礼をいうぜ、フィル」
「おれを信用しろって、カイザー。天にはだれもいねえよ。あれは虚無なんだ。神のまぎれもない実在が一瞬でも感知できるんだったら、おれがこんなにうまくニセ小切手をつくったり、シャバをちょろまかしたりできるかい?宇宙はどこまで行っても現象論的なものなんだ。永遠の存在なんてない。まったく無意味さ」
「なるほどな。で、アケダクトの第5レースはなにが取った?」
「サンタ・ベイビーだ」


おれはオロークの店でビールを飲みながら、手に入れた断片をつなぎあわせようとした。だが筋の通った答えが、まだ出ない。ソクラテスは自殺した――少なくとも、そういう話が流れている。キリストは殺された。ニ-チェは発狂した。もし天上に何者かが存在するとすれば、その何者かは、やはり自分の素性がバレることをいやにびびっている。なぜだ?
それに。
クレア・ローゼンスワイグは、なぜヴァッサーだと嘘をついた?デカルトはもしや正しかったのか?宇宙は二元論的なのか?カントが神の存在を道徳的基盤の上に仮定したとき、彼は真相に到達していたのか?


その晩、おれはクレアといっしょに夕食をとった。勘定書がきて10分後、おれたちはもうベッドの中にいた。西欧思想というのも大したものだ。彼女はティファナ・オリンピックで金メダルに輝きそうな、見事にいかがわしい体操演技をベッドで見せた。
終わると、彼女は長いブロンドの髪をベッドに広げ、となりに寄り添うように横たわる。おれたちはまた裸の体をからみあわせる。おれはタバコを吸いながら、天井を見あげる。
「クレア。もし万一キルケゴールが正しいとしたら?」
「どういうこと?」
「もしわれわれが決して知り得ないとしたら?信仰しかないとしたら?」
「それは、ばかげてる」
「そう合理的になるな」
「だれも合理的になんかなってないわ」彼女はタバコに火をつけた。「存在論的になるのだけはやめて。
 いまはイヤ。いっしょにいるあなたが存在論的なのって、あたし耐えられないの」
なにか取り乱している。おれはのしかかり、クレアにまたキスをする。
と、電話が鳴った。
彼女が取った。「あなたよ」
電話の向こうの声は、殺人課のリード警部だ。「まだ神をさがしてるのか?」
「ああ」
「全能の存在ってやつか?最高完全者、宇宙の創造者か?万物の第一因か?」
「そうだ」
「いまいった特徴に合致する死体が、モルグに運びこまれた。すぐ来たほうがいいだろうな」


確かにそれは神だった。死体のようすから、プロの仕事は一目瞭然だ。
「運びこまれたときは死んでいたよ」
「どこで《彼》を見つけた」
「デランシー通りの倉庫だ」
「手がかりは?」
「犯人は実存主義者だな。それだけは、はっきりしてる」
「なぜわかる?」
「このでたらめな殺し方だ。手順というものが見当たらない。衝動で殺ってる」
「発作的凶行か」
「そのとおり。ということは、お前も容疑者に含まれるわけだ、カイザー」
「なぜおれが?」
「お前さんががヤスパースにどんな感情を抱いていたか、本部の人間で知らんものはない」
「だからといって、おれが殺す理由にはならないだろう?」
「いまのところはな。だが容疑者ではある」


表に出ると、おれは空気を胸いっばい吸いこみ、頭をすっきりさせた。
それからニューアークにタクシーをとばし、おりたところから1ブロック歩き、ジョルディーノのイタリアン・レストランに入った。おそれ多くも聖下は奥のテーブルにましましていた。まちがいなくローマ法王だった。警察の面通しでよく見かけるふたりの男が、両脇をがっちりかためている。
「お座りなさい」
聖下は、食べていたフェトゥッチーネから顔をあげた。指輪をはめた手をさしだす。おれは精いっばい歯をむきだし愛想笑いまでは作ったが、キスはしなかった。聖下は撫然とし、おれは内心にんまり。ここはおれの得点。
「フェトゥッチーネはいかがかな?」
「いえ、けっこうです、聖下。どうぞお食べになって」
「なにもいらんのですかな?サラダも?」
「いま食べてきたばかりで」
「ま、お好きなように。しかし、ここのロックフォート・ドレッシングは抜群ですぞ。ヴァチカンとはちがう。あそこでは、ろくな食いものにありつけん」
「本題にはいります、聖下。実はわたし、神をさがしておりまして」
「それなら、わしにきくのが一番だ」
「すると、神は存在するのですか?」
これがよほど愉快な質間だったらしく、みんな笑いだした。となりにいた与太者がいった――「こいつぁ傑作だ。神さんが存在するか、だとよ」
おれは椅子を動かして楽な姿勢をとり、やつのちっこい爪先をしたたか踏んづけてやった。「おっと。悪かったな」やつは顔を真赤にしている。
「もちろん、主は存在される。だが、主と連絡が取れるのは、わしだけなのだ、ルーポウィッツ。主はわしを通してしか、話をなさらない」
「なぜ、あんただけが?」
「赤い服があるからさ」
「そのオベベ?」
「そうバカにしたものではないぞ。毎朝めざめると、この赤い服を着る。とたんに、わしはビッグ・ボスだ。秘密はこの服にある。真実と向きあいたまえ、ルーポウィッツ。もしわしがスラックスとスポーツ・ジャケットで出歩いてみろ、信者はだれもふりむいてはくれぬだろう?」
「では、ペテンだ。神は存在しない」
「さあな。しかし、だからといって、どこに違いがある?けっこうな金になるしな」
「クリーニング屋がヘマをし、その赤服が間にあわなかったらどうする?そこらの連中と同じだろう?」
「即日スピード仕上げさ。2、3セント高くはなるが、それだけ安全だ」
「クレア・ローゼンスワイグの名に心当たりは?」
「たしかブリン・モアの理学部にいるはずだ」
「理学部だって?‥‥感謝しますよ。聖下」
「なにに感謝をするのだね?」
「その答えにですよ、聖下」


おれはタクシーをつかまえ、ジョージ・ワシントン橋をつっ走った。途中事務所に寄り、2、3手早く調べものをした。
クレアのアパートへとむかいながら、おれはこれまでの断片を寄せ集めた。
なるほどな。
すべてがぴったりと一致する――。
[つづく]
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