だが。スティーブの右半身に、長い病床生活ですっかりスネてしまった死期直前のオバハン(リリー・トムリン)が憑依してしまい、スティーブの意の通りに動いてくれない…という設定で、スティーブ・マーティンのひとり芝居。
スティーブ:いいか、歩くぞ!
(ズデン!)
バカ!両方の足を一度に前に出すヤツがあるか!歩くっていうのは、右足と左足を交互に出すもんだよ!知ってるわよ、そんなことぐらい!あー、そうかい、じゃ、ボクが先にだすからな!…おっとっと!早い!早いよ!出すのが早い!そうポンポン言わないでよ、長いこと歩けなかったんだから!…あー!わかった、わーったよ、オーケー、共同戦線と行こう、1でボク、2でキミが脚を出すんだ、いいね?それ、1、2、1、2…うまいぞ…歩けるってすばらしいわね!あーそうかい、お役にたてて嬉しいよ、ったく!
『All of me』制作のスティーブ・マーティン&カール・ライナーのコンビには「四つ数えろ(Dead Men Don't Wear Plaid)」という、編集スタッフの技術力とスティーブの話芸だけで殆ど作ってしまったとんでもない40年代ハリウッドものパロディ映画が、もう1本あります。
オール・オブ・ミー〜突然半身が女に!〜スティーブ:今朝から、頭が割れるように痛いんです。(場内笑)頭痛薬を飲んでも全然効かなくて…。(場内笑)
ここに来る前に医者にも行ってみたんです、長くかかりつけにしている医者が居まして…医者も、とんと原因がわからないって。(場内笑)ただなんだかいつもと感じが違うようだねと…。(場内笑)
![]() | 別役実のコント検定!―不条理な笑いのライセンスをあな 『コント教室―不条理な笑いへのレッスン』の続巻。こちらは具体的なコント台本作例。お笑いネタ作り手側としては別役ナンセンス理論を忠実になぞる示唆に富む凡例集になっています。けれど市井の客へこの本のコントを上演しても、ウケるかなぁ。観劇ユーザーってもっと程度の低い下世話なところで笑っているんじゃないかと。 あと別役さんの寸評、いらないです。著者名の冠の都合上、何かひとこと必要だったんだろうね。“別役実・編”ってすればよかったのに。 |
| 定吉七番シリーズ(1) 定吉七は丁稚の番号 (角川文 書き文章・お笑いネタ定番技術のひとつに「固有名詞の過剰な羅列」というのがあります。本書は固有名詞の羅列で笑いを誘った本です。誘った、と過去形にしたのは、すでに固有名詞ネタの賞味期限を過ぎているからです。サーファーや丁稚のいでたちも、ホンダS600も有次包丁も007やフレミングすらも、ラノベとケータイ小説とレッドカーペットが楽しい人たちには、きっと面白くない。 そんなワケでこのシリーズはもはや綾小路きみまろ同様、「年寄が楽しむお笑い」です。 | |
![]() | 喜劇の手法 笑いのしくみを探る (集英社新書) 既読感があるので、以前読んだかも。 英仏系古典“喜劇”の一般解題書はとにかく翻訳書が少なく、こういう新書はガイドブックとして有難いです。23のおもな喜劇技法分類と用例を羅列。用例はシェイクスピア、モリエール、ニール・サイモン、グレアム・グリーン、ゴーゴリ、カウフマン、ピンター、チェーホフなど。紙数都合上、ただの羅列以上に得るものは薄いですが、ないよりはてんでマシ。 |
![]() | 笑う中国人―毒入り中国ジョーク集 (文春新書 616 組織に貢献しようとこれっぽっちも思っちゃいない官僚天国・中国の気質が見え隠れし、面白い本です。ふだん見馴れた西洋ルールのジョーク・ユーモア・エスプリとは異なるバカバカしい形式美があります。ロシアン・ジョークの亜流が多少混じっているところを見ると、ビューロクラシー国家は面白いジョークが流布しやすいのかな? 生真面目そうな中国人秘書が「日本人ってボスがいない時でもマジメに働くのね」と口にしたという実話エピソードは、さもありなん。地口ネタが字面だけでそこそこ通じるのも漢字文化圏ならではの強味。 表題で煽るような毒は、別にないです。 |
![]() | 笑いの方程式―あのネタはなぜ受けるのか (DOJIN 学者センセが余興手すさびに書いた、最近のテレビお笑い芸人ネタ羅列本。「方程式」というほどの抽象形式はどこにもなにもありません。分類・用例・口述書き起こし、ともにかなりいい加減です。これはさすがにちと1600円の価値はないかと。借りてさらさらと通読するが吉。 |
![]() | 批評理論入門―『フランケンシュタイン』解剖講義 (中 これ、眉間に皺寄せまことしやかに文芸理解のポーズで読む本ではないのでは?「ポスコロ風に批評するとこうだよね」「新歴史好きの批評屋ならこう書くんでね?」と次々繰り出されるパスティーシュへ「よくできてるじゃん」「んー?これはちょっとイマイチこじつけ臭い」などと微笑みながら楽しむ本ではないかと。たぶん。ちなみに脱構築批評風の箇所、とりわけリキはいってます。 前半の技法分析はロッジ『小説の技巧』の劣化コピー技じゃね?と思いながら読んでいたら、あとがきでネタばらしされてました。 |
| あのチキンはどこへ行ったの? (アメリカ・コラムニス アメリカンコラムお家芸のひとつ「こんな小市民でダメダメな私を笑ってくれよ」な王道コラム集。アンディ・ルーニーやジョン・リデルなどを面白いと感じる人なら、楽しめると思います。本国出版社での売り文句は“ウィル・ロジャースよりも風刺がきき、ラッセル・ベイカーより政界に通じ、バックウォルドより凝っている”だそうです。なにそれ?全然違うじゃないの。 | |
![]() | ジョーク力養成講座 本書を読むなら同著者『ユーモア大百科』『ジョーク・ユーモア・エスプリ大辞典』を通読したほうが時間を無駄にしません。ネタ掲載数も『〜大百科』『〜大辞典』のほうが多いし。本書はこの2冊からいくつか同じネタを転載し、著者ご本人によれば「理論解説したもの」。残念ながら理論てゆーほどのセオリー性も精緻さもありません。ジョークの間に野暮なガイダンスを挿入し、類型分類するのみ。物識りな学者さんが余裕かまし手すさびを垂れ流し。学士の卒論読まされているような。 |
| マンハッタンでラクダを飼う方法 (アメリカ・コラムニ わざわざ地口ネタや駄洒落ネタのコラムを選って翻訳に悪戦苦闘しているような…?言葉を丁寧に選び翻訳しているだけに、くだらない駄洒落に悪戦苦闘された訳者の格闘の傷跡が生々しいです。同じラッセル・ベイカーのお笑いモノ翻訳なら『怒る楽しみ』のほうが、地口ネタを避けたコラム選択で正解です。 輸入モノお笑いテキストの出来の良し悪しって、訳者の語感の良さもさることながら、編集者の取捨選択に拠るところが大きいような気がします。 | |
| これは餡パンではない 生真面目な画学生たちがこれでもかこれでもかと突きつけられる現代美術に辟易し、やがて自我崩壊するという、薀蓄の多い筒井康隆みたいな話。スノッブで理屈っぽい笑いが好きなかた向きの小編です。ウディ・アレン『これでおあいこ』やウンベルト・エーコ『文体練習』を面白がるタイプには、楽しめると思います。書き言葉でしか作れない面白さのひとつです。会話がすっごい不自然なのはご愛嬌ですかね。 | |
![]() | 笑いの力 ビッグネームを3人も壇上に上がらせてまで「最近の子供は…」「明治以降の日本人は…」「笑いは健康にいいから…」などお約束のディスカッション議題で終始させなくても、いいんじゃないでしょうか。町の名士と、近所の小うるさい自称インテリじじいと、それによくしゃべる学校のセンセイあたりでも成り立つようなシンポジウム記録。なんだか勿体ないざんす。 |
![]() | プロ直伝 笑いの技術 ビジネスマン向け・話芸初心者対象のハウツー本。シロートが日常会話内でクスリと笑いをとるには、8つぐらいパターンを覚えておけばいいそうです。無知/勘違い/誇張/天丼/駄洒落/スカシ/時事ネタ/差別、の8つ。全部第1章でざっと説明されています。第2章以降はお好みで通読いただければよいかと思います。芸能プロダクションの著作なので、書き言葉の笑いについてはまったく触れていません、当たり前ですけれど。 繰り返しますが「初心者向け」です。 |
![]() | 新明快! 困ったときのベタ辞典 (笑のクスリ) |
![]() | 大久保町の決闘―COLLECTOR’S EDITION (ハヤカワ文庫JA) |
![]() | ジョーク・ユーモア・エスプリ大辞典 |
![]() | ユーモア大百科 |
| Parodie, Travestie, Pastiche. | |
![]() | 爆笑!大江戸ジョーク集 |
| マイク・ロイコ コラム集 | |
![]() | Stella in Heaven: Almost a Novel |
![]() | サタデー・ナイト・ライブとアメリカン・コメディ―ジョン・ベルーシからジャック・ブラックまで |
[喜六が寝起きにボヤくくだり]この喜六の布団の中でのひとりごとを比べても、いかに米朝の言葉遣いが丁寧で、春團治では下々のボヤキの言葉遣いの汚さがおわかりいただけないでしょうか?
●(春團治の演りかた)
夜中にフッと目ぇ覚ましよりまして
喜六「フアーッ‥‥
あ−あ。
かなぁんな。もう‥‥。
今時分になったら、も、決まったよに目が覚めやがんねん。
ううっ!寒ぅ‥‥(ぶるぶる)。
さぶい思たら一瞬にションベンしとなって来たがな‥‥俺、いたって怖がりやねんなぁ
‥‥あれ、おとっついの晩やったかな、ションベンしょ思て
裏の戸ぉ開けたら高人道が立ってけつかんねん。
俺、ビックリして飛んで入った。
あくる朝見に行ったら、け!おんどれのフンドシ干しといて取り入れるの忘れてんねん。ふん!
ふぁあああ‥‥おのれのフンドシで驚いてるようやアカンな‥‥辛抱して寝てこましたろ。
(しばらく間を空け)
ういいいいっと(身震い)‥‥あ。こら、あかん。
ションベンが“いよいよこみ上がって”来よった。
‥‥難儀やな、こらもう。
ええい!もう行てこましたれ!んまに!」
●(米朝の演りかた)
夜中にふと目を覚まします。
喜六「フアーッ‥‥
あ−あ。かなわんな。もう‥‥。
今時分になったら、決まって目ぇ覚めるんや‥‥これ。
ううっ!寒ぅ‥‥(ぶるぶる)。
寒い思たら‥‥(もじもじ腰を動かし)しとなってきた‥‥わい、情けない話、いたって怖がりやねん。
‥‥あれ、おとといの晩やったかな、厠行って裏の戸開けたら、
高人道が立ってて、ビックリして飛んで逃げ帰ったんや。
あくる朝見に行ったら、なんのこたぁあれへん、おのれのフンドシ干して取り入れるの忘れてん。
ふぁあああ‥‥自分のフンドシで驚いとるようでは、いよいよアカンわな‥‥ええい!辛抱して寝てまえ。
(しばらく間を空け)
ういいいいっと‥‥あ、あかん。
こないなると、なんや余計、しとなってくるもんやな‥‥難儀やな、こらもう‥‥ええい!もう行てまお!」
●(春團治の演りかた)「ションベン」「寝てこます」「アホウが」「ありもせん銭」など、語りの部分でも敢えて汚い大阪弁をさし挿み、それでいていざ芝居口調の箇所や仕草振舞は、他の噺家ではできないほど流麗で自然な仕草を見せる。これが3代目・春團治の魅力だと、ワタクシは思います。
アホウが喜んで帰ります。家へ帰るなり、ありもせん銭20文、懐へぽいとほりこむなり、ポイと表に飛び出しおった。
●(米朝の演りかた)
喜んで家へ帰ります。戻りますと、家の中ひっくり返し銭20文かき集め、懐に放り込みプイと表へ出ます。
‥‥ええ。
‥‥ようこそのお運びで有難く厚く御礼申し上げます。
あいも変わりません、バカバカしいお噺をば、一席聞いていただきまして、すぐさま失礼させていただきます‥‥。
「どなさん、噺家は誰が贔屓なの?」
‥‥‥‥と、ここまでは「春團治を知っている」と口にするかたの基本知識。なにせこのテのことをキチンとご紹介しておかねえと「若造が知ったかぶりくさりよってからに」と鼻白む御仁も多ございまして。ええ。まずはささっと襲名由来などをご案内さしあげた次第。
春團治の名は伝統的に出囃子でもある『野崎詣』と誉め相場がきますが、ワタクシは上記の理由で、3代目・春團治を始めてお聞きになるかたへは『高尾』をいつもオススメしています。えげつない庶民の言い回しも侍の慇懃無礼居丈高な言い回しも、もちろん皆が誉めて止まぬ振る舞いの巧さも、すべてこの1話で見ることのできる「オトク感満載の一席」だからです。幸い病い抜け直後の脂もほどよくのった時期のCDがビクターより発売されています。しかも3代目・春團治定番『代書屋』までついている大変お買い得な1枚。親愛なるロステン君
わがスパイたちの報告によると、きみはあの名誌『ルック』に依頼され、わたしに関する記事を執筆中とか。それは光栄至極。というのも、わたしはこの30年間、『ルック』の定期購読者だったからだ。どうしてだろう。『ルック』の歴史はそんなに長くない。おまけにわたしは文盲だ。
パパラッチどもは、コネティカット州グリニチで起きたわたしの事件について、悪意に満ちたゴシップを、きっときみに吹き込むに違いない。あの劇場の支配人が、わたしに葉巻を吸わせなかった一件だ。わが兄弟もわたしも出演を拒否した。支配人はわれわれのトランクを没収した。われわれは支配人を没収し――そして劇場に火をつけた。これはみんな根も葉もない噂だ。もしきみがそれを活字にしたら、わたしはあくまで法廷で戦う。第一あれはグリニチではなかった。ブリッジポートである。
レコードをストレートしておくため(といっても、きみが35回転のレコード・プレイヤ−を持っていなければ意味をなさない)つぎのような内部情報を教えておこう。
わたしの兄のハーポは、じつは唖じゃない。しゃべることを思いつけないだけだ。
わたしの口ひげは本物じゃない。これはメイドのものだ。
ガスコンロを掃除するときは、アンモニアをふりかけたまえ。そうすると、油汚れが消える。それからマッチで火をつけたまえ。そうすると、屋根が消える。
4人のマルクス兄弟は、実の兄弟じゃない。実の姉妹だ。
オハイオ大はローズボウルの試合に17対14で勝った。
これらの情報は、もちろん、多少混乱している。きみもそうだといいが。
グラウチョ
"Groucho", Leo Rosten; Leo Rosten's Carnival of Wit: And Wisdom : Plus Wisecracks, Ad-Libs, Malaprops, Puns, One-Liners, Quips, Epigrams, Boo-Boos, Dazzling Ironies, and Wizardries of Wording, Plus (1996, Reprint)を私訳。適宜抜粋・改行
その名は、グラウチョ・マルクス(Groucho Marx)。
バカバカしいことを考え続ける、というのも、これはこれでなかなかの苦行ではないかと思います。少なくともバカでは持続できない。それなりに精進なり切磋琢磨なりセンスなりが要る。
しょうもない地口ネタでマクラのついたところで、今更ながら中島らもの紹介です。
1 ワッシャー、バネ蓋、ナットなどをさがすときのために、磁石を用意すること。He somehow gave us a sense of revelation ... He created a genre and was a giant in it.
以前どこかに、お笑いテキストの笑える賞味期限は最長でも100年ていどだと書いたことがあります。
ステファン・リーコックというと、ホームズ物のパロディ・パスティーシュ先駆者のほうが先に思い出される向きもあるやもしれません。
さて、初代のロバート(Robert Benchley)。
Ganache:馬の下あご。
このほかたくさんのお笑いテキストも残し、のみならず物書きだけで飽き足らなかったか当時定着していたメディアにはほとんど足を突っ込んだようです。
ジャズ・エイジ世代のひとりに、ドロシー・パーカー(Dorothy Parker)という才女がいました。詩や古い映画のシナリオなども書いたそうなので、名前をご存知の向きもおありでしょう。とはいえ、生きていれば我が愛するマイクおじさん、それに前にちょっとだけ紹介したラッセル・ベイカーやA・バックウォルドの“母親”と同世代。いうなれば我々からみれば「おばあちゃんの若かった頃のテキスト」なのですが、これがなかなかどうして機智に富み、捨て置くにはちょっと惜しくなりましたので、私訳でご紹介しようかと思います。いやなに、たまたま古本屋で古いペーパーバック買ってみたら、面白かったので…というのが実情なのですが。
「失礼。わたしはウェールズ人でしてね」
どの国でも自国がどんな風に他国の目に映っているのかは、多少なりと関心がおありなようで。
ジョルジュ・ミケシュ(George Mikes)にも、日本見聞記があります。『The Land Of The Rising Yen』がそれ。(歴代トクガワ・ショーグンの奨励した)まったく無意味な儀式が、時として思いもかけぬ複雑な事態を招くことがあった、のは事実だ。
日本の偉大な文学に、47人のサムライの話がある。18世紀の恋と冒険のロマンスだ。
ある大奥の家臣が、ライバルをはずかしめようとして、ある儀式に際し場ちがいなズボンを着用するようすすめる。サムライの受けた屈辱は、耐える限界を越えたものであった。
当然、復讐ということになる。
物語は、47人の復讐心に燃えた勇敢なサムライの、かたき討ちの過程を描いている。
この恐ろしい物語が終わるまでに、47人のすべてが死ぬ。
村々は略奪され焼き尽くされる。
数えきれないほどの人々が襲撃され、拷問を受け、虐殺される。
妻は夫の戦いの足しにと、売春宿に身売りする…などなど、すべては場ちがいなズボンに起因するのだ。
「なんとまあ、ヘンな東洋人たちよ」――と私は考えていた。◇ ◇ ◇
(マジメ・ナ・ヒトと呼ばれる人には)もう一つ特有の義務がある。
いろんな場合に、例えばビッグボスやスモールボスが出発するときにはいつも空港あるいは駅へ行かねばならない。
毎日トーキョー駅では、20人ないし30人の大集団が、毎週決まってオーサカ行――たった3時間先――しかも次の日には帰ってくるひとりのボスへ、感動的なまでの別れを告げている光景を目にすることができるのだ。みんな深々と頭を下げ、列車のあとを数歩走って追い……涙を流すかどうかまでは個人責任に委ねられるようだが。
ところで。イギリスにおけるジャーナリズムと出版の自由について(つづく)
【事実】
太平洋の一孤島キャラマックのブブラック族が、ちょっとした暴動を起こしましてね。
R・L・A・T・W・ティルバリー陸軍大尉指揮のもと、10名のイギリス人の一団と2名のアメリカの兵隊が島を襲撃し、217名の原住民の暴動常習者を投獄したそうです。おまけに大規模石油集積所を2箇所、ぶっ壊しました。
イギリス人の一団は1時間半ばかりちょいと上陸し、1名の負傷者も出すことなくに基地に引きあげました。
さて、この出来事がどう報道されたか?次の記事は、広く読まれている新聞社に掲載されたものです。
ザ・タイムズ
単なる一孤島急襲の意味を過大評価することは実に危険だが、過小評価するのは更に危険であるとここで明確に公言しておく必要があろう。我々が襲撃に勝利を得たことから考慮すると、原住民の防備に損害を与えることは至難技ではないことは自明の理である。
しかしながら、この決断を実行すれば原住民を当惑させ、騙討と同義になるだろう。捕虜にされた革命家の数は明らかではないが、216人を越え218名には達しない模様である。
国会にて
あなたが代議士であるとします――何ごとも不可能であるとは言えませんからね。
こんな演説も空前のことではありません。女王陛下配下の閣僚の一員から、次のような演説がなされることもあり得るのです。
「この場で、21ケ所の石油集積所に関する次のような情報を申しのべたい。
本年上半期に大量の原油が、わが国陸軍、海軍により潰滅されました。
しかしながら、イギリス海軍航空隊による流失を除けば、その流失量は前年度の同月の流失量の約3倍の半分の量、つまり、2年前の流失量の2/5の7倍半であり3年前の流失量の1/6の12倍の3/4にすぎないのであります。」
(閣僚の席からあがる大歓声)
ここで代議士であるあなたは、つと立ち上がり、こんな質間をします。
「閣下。
閣下は我が国の国民が、キャラマックが急襲されたのであり、ラガマックではない、という事実に疑間を抱き、案じておりますことを御存知ですか?
1892年8月2日、今、私がなした演説に、加えるべきことは何もありません!」
イヴニング・スタンダード(ロンドン・デイリー)
キャラマック急襲についての最も興味をよぶ記事は、レジィ・ティルバリーがベイズウォーター伯爵家の五番目の子息であるという事実である。彼はオックスフォード・ブルーで鳴らしたクリケット選手であり、ポロも極めてうまいそうである。記者が彼の妻(レディ・クラリッセ、エラスーン卿の令嬢)にクラリッジズで今日インタビューした時、彼女は青いスーツに黄色の羽根つきの黒いボンネット姿であった。彼女はこう述べた。
「レジィはいつでも実戦にはひどく関心がありましたわ」それからこう言い添えた。「主人は戦争にかけては機知にとんでいますでしょう?」
イギリスでジャーナリズムの自由を謳歌するならば、あなたはザ・タイムズの編集者に手紙を書くことだってできるんです。そう、こんな風に――
貴兄、キャラマック島急襲によせて、キャラマック島と申せば
イギリスのすぐれた詩人ジョン・フラットが
1693年『ザ・ゴット』という有名な詩を書いた、太平洋に浮かぶ一孤島であることに
私は少なからず関心がある故に、申しのべたい……。
手紙を投函したその翌日、あなたは編集部からのこんな返事を読んでいるかもしれません。
拝啓――
氏から、ジョン・フラットの詩『ザ・ゴッド』に注意を向けるようにとの
御手紙を頂戴して、心より感謝する次第です。しかしながら、私の見解では、
イギリス国民の大多数の読者と報道員は共に、世に流布されている困惑に値する
多大な誤認をしておられると思われ、この機会を利用し訂正させて頂きたい。
貴兄御指摘の『ザ・ゴッド』はジョン・フラットが1693年に書き始めたと言え
書き終えたのは1694年1月初句であったとだけ訂正させて頂きたい。
敬具
もしあなたがアメリカ紙、ザ・オクラホマ・サンのロンドン特派員なら、『ヤンキーらが太平洋を制覇した』とだけ打電するだけ。
そう。ただ、それだけ。
わが国でデイヴ・バリーといえば『デイヴ・バリー 日本を笑う(Dave Barry Does Japan)』なんでありまして、007といえば『二度死ぬ』、SFといえば『チバシティ』…ま、そういう島なんありますよ、オラが国は。イナカモノ・コンプレックスに根づく「オラが村びいき」が見え隠れするんでございます。
そんな「デイヴの秘境探検を笑う」シリーズを少し離れ、ここでは『デイヴ・バリーのアメリカを笑う(Dave Barry Slept Here)』をご紹介します。
『アメリカを笑う』原文『Dave Barry Slept Here』の一部は、左の表紙クリックでご覧いただけます。
毎年、年の瀬も迫り街中がクリスマス・デコレーションで彩られる頃になると、決まって思い出すマイクおじさんの話が幾つかあります。
さてここで、わがマイクおじさんにご登場いただきます。
マイク・ロイコが亡くなり、もう何年が過ぎたでしょう。いまやたくさんの人が、だれかしらの名前をジーンズにつけることがきわめて重要なことだと考えている。
わざわざ犠牲をはらい、ズボンの尻に目をやった人すべてに、カルヴァン・クラインやグロリア・ヴァンダービルド、ダイアン・フォン・ファーステンバーグ、ビル・プラス、ボンジュール、あるいはサスーンだかなんだかいう男のジーンズを瞬時に知らしめたいと思っているのだ。
これまでわたしは、尻に垢の他人の名のついたズボンをはいたことは一度もない。そういう尻のたしなみ教育は教わらなかったからだ。表になにかラベルがついているものを身につけたという記憶はほとんどないのだ――靴を除けば。その靴は一時期「ドクター・ショールの靴」という名で流行したもので、ゴム底に「加硫加工処理・防油性」と押印してあった。
そうそう、そうだった。飲み屋の店名入りのソフトボール・ユニフォームを着たことはあった。だがこれはファッションに妥協したというよりも、このユニフォーム代を出してくれたうえに、常日頃もちょいちょい客に酒を振舞ってくれる飲み屋のおやじの顔を立てた服であることを、言い添えておいたほうがよいだろう。
だがデザイナージーンズの場合、尻にカルヴァン・クラインの名前をつけるだけのことに、人びとは嬉々として割増料金を払うのだ。言い方を代えれば、わざわざ広告掲載料を支払い、カルヴァン・クラインやサスーンといった奇人の宣伝をしている。しかも自分の尻を媒体に使ってまでも、だ。
なぜ尻にデザイナー名なんかつけたがるのか。あるとき私は若い女性に尋ねたことがある。彼女の返事はこうだ。
「たとえばリーヴァイス・シックのジーンズだって、いいことはいいの。
値段だってずっと安いし、デザインだって申し分ないし。
でも、パーティで誰かが私の後ろを見たとき“リーバイス・シック”って書いてあるのに気づいたら、やっぱり恥ずかしいもん。」
そりゃ、そうだろう。尻にリーヴァイス・シックなんて書いてあったら、私だって恥ずかしい。(Sez Who? Sez Me 1982)
「マイクの音はなるべく小さく、な。
そない大きくせなんでも、お客さんには、きちんと聞こえるさかい。
最小限でよろし。
ひとつ、お願いしときます‥‥。」
「えー、たくさんのお運び、ほんまに、ありがとうございます。
落語会に“文枝”の名前をつけただけで、こんなにぎょうさん、おいでいただけるんですなあ。」
「ほんまですなあ。ありがたいこっちゃ。師匠のご威光ゆーやっちゃねえ。
この前なんか13人しか来てくれなんだで。(場内、笑)
こんなに来てくれはるんやったら、毎回“文枝追悼”と刷り込んどいといたら、ええんとちゃうか?」
「次に、開催するときは“三枝追善”‥‥」
「こらこら!(場内、笑)まだ生きたぁるがな!あんた、思うてても、そないなこと言うたら、あかん。」
「なんや。お前も、願うとるんやないか‥‥(場内、大爆笑)」
「わたしら弱輩の演るこういう寄席が新聞に載せてもらえるコトなんて、滅多にないんですが。」
「はいはい、そうですねん。(新聞の切り抜きを広げ)、ほら、天下の朝日新聞にこない大きく、載せていただきましてん。」
「“師匠である文枝の追悼会を開催。実力派4人が生前の師匠を偲び‥‥”うわあ!実力派やて!
わしら、実力派やってんや!(場内、笑)」
「ちゃうねん、ちゃうねん。
この記事書かはった記者の人、あんまり落語を知らはらへん人やったらしわ。
んで、そない有名でもないわたしら弟子たちの会やし、書くのに困らはって、そない書いたらしい。」
(場内、笑)
「(前の演者がいる上座を指さし)あやつ、〜のところ、こない言いよりましたやろ。
ほんまは、違いますねん、あれ。
師匠やったら、こないな風に‥‥」
「この高津さんでは、師匠もほんまに、よう演らせてもらえてまして。ええ。
ここにこう、座らせてもろてても、あん時の師匠、思い出しますわ‥‥。(場内拍手)」
「このネタは先代(四代目)師匠から“直接つけてもろたネタやさかい”言うて、
たいへん大事にしていたネタでして‥‥。
ワタクシが演じるのもおこがましいネタなんでございますが、演らさせてもらいます。
一席、おつきあいのほどを。」
「師匠ほどの芸達者になるには、まだまだ修行せなあきませんが
門下一同、文枝師匠の芸をこれからもきっちりと伝えてまいります。
どうぞよろしくご贔屓願います!」
「じつは入門した頃が近かったこともありまして、小米の名の時代から、ちょくちょく仲良くさせてもろてまして‥‥」とひとしきり枝雀とのエピソードをマクラで触れたのは、唯一、仁鶴だけ。仁鶴さんと枝雀さんがそんなに古く長いつきあいある仲であることを、ワタクシ、この会ではじめて知りました。演しものは『壷算』。パンフレットには『代脈』と印刷されていますが、なにか枝雀さんとのいわれのある思い出深いネタゆえの土壇場変更だったのかもしれません。
「パーっとした」存在の例と申しますと、枝雀君とこの雀々ですか。
彼が『猿後家』という噺の稽古に来た時に感じたんですが、雀々の芸が、まさにパーっと華やかな噺ですな。
あれは努力してできるもんやない。持って生まれたもんなんですね。
教えてて、そう感じましたな。
桂枝雀は、桂米朝一門下では最も人気があり、持ちネタも師匠・米朝に次ぎ多かった実力派噺家のひとりです。「枝雀」の襲名としては二代目。米朝師匠の律儀で几帳面な噺の技術をきちんと基礎として修得した上、さらに自分流の演技・演出を模索。ちょっと血のめぐりの悪い登場人物(東京落語でいう「与太郎どころ」)を本当にバカバカしく大きな仕草と表情をまじえ演じさせれば当代一、「爆笑王」の名でファンも多かった落語家です。CDで聞くよりもDVDで見るほうが面白く、DVDで見るよりは間近で演じてもらうほうがさらに面白い芸風で、大人気を博します。
桂文枝は上方落語界では由緒ある名で、先の3月12日鬼籍へはいられた文枝師匠は五代目の襲名。私の場合、弟子をとる基準で一番ネックになるのが「なまり」です。言葉に「なまり」があったら、まずあかん。広島から来た子やとか、関西圏でも城崎から来た子や小豆島から来た子にもなまりがありましたよ。
そういう子らには「無理してはなし家になったって、しんどいことやから、やめといたほうがええ」と言うて帰らしました。昔から「はなし家は近畿二府五県の中に入っておれば大阪弁にもなんとか馴れてくるもんやが、その他の出身者はあかん」と言っていましたからね。
すっかり訓示垂れジジイと化したラッセル・ベイカー(Russell Baker)ですが、NY Timesに書いていたころのものは楽しい文章が多かったように記憶しています。今も不定期で署名記事が掲載されているそうですが、目にとまることが少なくなりました――あ!そっか、私がそういうカタい記事ページを読まないからじゃん!
「昔のラッセル・ベイカーって、面白かったよね」と感じていたのはどうもワタクシひとりではなかったようです。
「所をどこといたす?主水町と耳にしたが?」
しまいに身ぐるみ剥がされ、旦さん、丸裸にされっまっせ。」 (今の祭りは)自分とは関係のないよその土地の祭りを泊りがけで見物に行ってるわけですな。の余韻色濃く残る、市街地の夏祭りのひとつです。
「あそこへ行って、こういう祭りを見物しよう」 というのが今の祭りですけど、われわれの時代には「自分とこの祭り」という考えで楽しんでました。
祭りは参加するもんやと思うんですよ。
その中にとけこむ楽しさがあるんやないでしょうか。(『あんけら荘夜話』)
その文枝師匠、今年も恒例高津落語会で、話芸披露いただけました。
文枝師匠ご本人については、大阪・日本橋の「山崎」という料理屋さんのサイトで『あんけら荘夜話』ほぼ全文をオンライン公開されておられ、女将さんがお好きなのでしょうね、けどいいのかなあ?こういうの、まだ絶版じゃないのになあ、版権とかヤヤこしくないのかなあ、などと思いつつ、とても大部の資料を入力しておられ、ご関心のある向きにはご一読をおすすめします。戦後の壊滅寸前だった上方落語のいきさつと復興の様子が偲ばれ、さらに師匠の半生までが概観できる大変オトクな資料となっております。よかったら、文枝師匠の年金の足しになると思って買ってください。
『『米朝一門会』はほうぼうで息長く根気よく演り続けられ、回を重ねるごとに盛況になりました。ここ10年ほどは1500人ほどの会場にも入りきれず、簡易イスや立ち見が出るほど盛会な催事です。